第3話 戦火の夜


 孤児院の子どもたちに夕食をつくったあと、私は城に帰ってきました。

 出かけた時と同様に誰も私を気にしません。

 私は第一王子ですが、国王も王妃も臣下たちも一つ年下の弟である第二王子しか見ていません。

 それというのも私の母親は王国舞踏団の踊り子でした。その美しさからヘデルマリアの宝石と称えられた彼女は国王の父に見染められて寵姫ちょうきとしてかかえられたのです。しかし母は私を産んだあと産後の肥立ちが悪くて亡くなってしまいました。

 私はこの王国の王位継承権第一位の第一王子として育てられましたが、その後、王妃が身籠って弟の第二王子を誕生させたのです。

 踊り子の母を持つ私と、正式な妃である母を持つ弟。私は兄という立場でしたが、それが名ばかりのものになったのは言うまでもありませんね。すっかり疎まれてしまいました。

 城に帰った私は自分の部屋に入ります。私の部屋に誰かが訪れることもありません。

 でも寂しいと思ったことはありません。慣れているからです。王族として転生しましたが、誰にも見向きもされずたった一人ですごすのは変わっていません。

 私はそうそうにベッドに入りました。孤児院の子どもたちに明日の昼食も作りに来ると約束したので早起きして準備をしたかったので。




 夜も更けた頃。


「帝国だ! 帝国が国境線を越えてきた!」

「国境警備隊はなにをしている!」

「駄目だ、警備隊は全滅して国境を越えられた!」

「将軍はなにをしている! はやく防衛しろ、帝国軍が王都に迫っているぞ!」

「帝国軍の侵攻が始まったのよ、早く逃げないと!」

「東の都は駄目よ、あそこはすでに包囲されたって聞いたわ!」

「嘘よ、東には私の故郷があるのに……!」


 ふいに聞こえた士官の怒号と侍女の悲鳴。

 私はハッとして飛び起きました。


「帝国軍が国境を越えた……?」


 私はベッドを下りると窓のカーテンを開けました。


「そんなっ……!」


 赤く染まる夜空。その下には燃え盛る炎。

 王都周辺にある街や村が燃やされ、夜空を赤く染めていたのです。

 そして無数の松明たいまつの明かりが隊列を成して王都に向かってきているのが見えました。王都を包囲するほどの大軍、帝国軍です。


「い、いけないっ。あの方角には孤児院があるのにっ……!」


 私は急いで着替えると、弓を持って部屋を飛びだしました。

 城の廊下は兵士や士官が走り回り、侍女が慌てふためいて逃げています。

 私は騒然とした士官や侍女たちのあいだを縫って城の外へ出ました。

 森の小道を走って孤児院に向かいます。

 大丈夫、きっと大丈夫。孤児院は森の奥の見つかりにくい場所に作ったのです。だからきっと帝国軍にも見つかっていないはず。

 私は息を切らせて走りましたが。


「うそ……」


 夜空を見上げて呆然としました。

 孤児院のある方角の夜空が赤く染まりだしたのです。それは炎の赤。


「みんなっ、みんなどうか無事でいてください!」


 私は急いで小道を駆けて、草木をかき分けたさきに孤児院が見えて……。


「っ……」


 孤児院は燃えていました。

 全身の血の気が引いていく。ここには子どもたちがいるのです。


「みんな、みんなどこですか!?」


 燃える孤児院に向かって声を上げました。

 ふいに孤児院の裏庭から怒号が聞こえます。


「オラ、さっさとこっちに来い!」

「さっさとしろ! 女はこっちだ!」


 私はハッとして裏に回り込みます。

 孤児院の裏庭には帝国兵と怯えきった子どもたちがいました。

 帝国兵は子どもたちを品定めしています。


「ガキばっかりだな。丁度いい、ガキは高く売れるぜ」

「娼館に売り払え! ガキを欲しがる金持ちどもが大喜びするぞ!」

「やめてください! やめて! 赤ちゃんだっているんです!」


 リリーが両腕を広げて子どもたちを守ります。

 しかし帝国兵は愉快そうに笑っています。

 私は物陰に隠れて状況を把握する。帝国兵は八人、捕まえた子どもたちを娼館や奴隷商人に売り払うつもりなのです。


「売る前に味見してやるよ」


 ふいに一人の帝国兵が好色な笑みを浮かべてリリーの腕を掴む。瞬間、怒りのままに弓を放ちました。


「っ、その手を離しなさい!」

「うわあっ! 矢が……!」


 リリーの手を掴んだ帝国兵の腕に矢が命中しました。


「あそこだ! あそこに誰かいるぞ!」

「クソッ、殺してやる!」


 気づいた帝国兵が怒号をあげて剣を構えます。

 私は間髪入れずに第二矢、第三矢を放ちました。

 弓矢は正確に帝国兵を射貫き、帝国兵が怯みだします。

 その隙に私は子どもたちに駆け寄りました。


「みんな大丈夫ですか!? 怪我はしていませんか!?」

「マリス様! うわああああんっ、マリスさまあ……!」

「うええええん! こわかったよ!」


 子どもたちは泣いて私にしがみついてきました。

 私は子どもたちを背後に下がらせて帝国兵と対峙します。

 ぎりっと弓を構えて帝国兵を睨み据えました。


「ここは孤児院です! 立ち去りなさい!」

「その孤児院に用があるんだよ」

「そうそう、ガキは高く売れるからな」


 そう言って帝国兵は歪んだ笑みを浮かべました。

 じりじり近づいてくる帝国兵に弓を向けます。


「近づかないでください! これ以上近づいたら頭を狙います!」


 目の前の帝国兵の顔面に狙いを定めました。

 しかし帝国兵が動じる様子はありません。


「たって一人でどうするつもりだ?」

「こっちは何人いると思っている」

「射ってみろよ。ほらほら」

「くっ……」


 まさに多勢に無勢でした。私一人の弓でここにいる帝国兵全員を追い払わなければいけないのです。

 でもここで引けば子どもたちは売られてしまう。

 弓を射る隙を狙うというなら反撃方法は一つ。

 刹那、私は矢を握って帝国兵を突き刺しました。


「立ち去りなさい!」

「ギャアアアアアアア!」


 帝国兵が悲鳴をあげてのたうち回りました。

 私はまた即座に近くにいた帝国兵を突き刺します。


「くっ、こいつ反撃してきやがった!」

「取り押さえろ!!」


 帝国兵に取り囲まれます。

 でも簡単に捕まってあげません。少しでも長く抵抗して子どもたちを逃がしたい。

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