第10話 工場
建物は2階。コンクリートにはところどころ「ひび」が入っており、そこの隙間から誰かが覗いてるような感覚を覚える。
巨大な鉄製の扉の奥に、使われてないのか錆びついたシャッターが、神話に出てくる巨大な怪物の口に見える。
工場から太々しく突き出した2本の煙突が、やはり怪物的な角を思わせる。煙は出ていない。
怪物の名前は「梅田化学工場(株)」であることがわかった。
呼吸を整える。深く息を吸い、音を出して吐く。付近の酸素が、ヤニのこびりついた喉を伝って、肺まで届き、脳味噌や手足に血液と一緒に流れる。
5分かけて、工場の周りを一周した。
二週目。この工場は誰も手入れをしていないようだ。外周を囲っているフェンスは、日光で日焼けし放題の緑色でところどころ錆びており、元々何色なのか解らなかった。
5mおきに「立ち入り禁止」のパネルが掛けられているが、それさえも日焼けと錆で所々読めなくなっている。フェンスの奥、敷地内は雑草が伸び放題でヒナゲシの花が占拠していた。
正面の鉄扉の奥には不自然に大きい警備室があるが、人の気配がない。
機能してない警備室がなぜ必要なのか?違和感を感じる。
敷地内に監視カメラと思しきものが数カ所取り付けられている。
三週目。そういえば、この時間でも誰にも会わない。昼間だと言うのに車も通らない。人の気配もない。
誰もいないのは21時以降だけじゃないのか。もしかしたら「この工場に近づいてはいけない」と言う暗黙のルールがこの辺りにはあるのかも知れない。
大家が言ってた「誰も門限を守ってない」と言うのは、そもそも無闇に外に出ないのが当たり前と言うことかも知れない。
四週目。奇妙なものを見つける。工場2階の窓は縦長で、窓には鉄格子が嵌められている。この建物から明らかな「後ろめたさ」を感じる。
一階はフェンスでよく見えない。しかし、窓が大きく割れている箇所を確認した。涼介はフェンスに顔をくっつけ、なんとか部屋の中を見ようとしたが、部屋の中は暗黒より暗く何も見えない。しかし中から不穏な腐敗臭が漂ってきそうな気配がした。
五週目。「足立区、梅田科学工場(株)」をスマートフォンで検索してみる。概要には「足立区のヒューマニテクス・エコマネージメントセンター」と書いてある。
表向きには、環境管理に関する施設のようだ。
「ヒューマニテクス・エコマネージメントセンター……」涼介は呟きながら工場の外周を歩いた。
「ヒューマニテクス……人間?」
嫌な予感がし、エコマネージメントセンターを頭の中で数十回再生した。
エコマネージメント…… 梅田科学工場…… エコマネージメント…… 梅田……
「梅田?」
梅田、とは確かに足立区にある地名だが、そういえばここは、住所の上では梅田ではない。
そこになぜ梅田科学工場という名前の工場が建っているのか?
何か「梅田」に隠された別の意味が込められているのではないか?
「梅田……梅田……梅田…… ……『うめたてち?』」
都心から離れているとはいえ、土地の狭い東京都だ。
「エコマネージメント」という言葉を使って、違う事実をぼやかしているのではないか?
ここから南下し、墨田区を跨いだ先には東京湾沿いの埋立地が広がる。そこにあるのは江東区、夢の島だ。
「ヒューマニテクス、エコマネージメントセンター…… ……人間、処理施設?」
思わず涼介は立ち止まり、工場を見た。不思議なことにその顔には笑みが浮かんでいたという。
恐ろしい事実を知ってしまった気持ちと二律背反に、この工場とこうして互角に戦えている自分を知ったのだ。
この事実に対して、決して自分は無力ではない。少なくとも、昼間ならば外周を10週したって生存できることを知った。
坂本龍馬ではないにしろ、無知なままで殺される食物連鎖の末端ではない。
その事実が心地よくて、涼介は早足で工場の外周を歩いた。薄笑いを浮かべながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます