第8話山本
山本は、なんでも、自分を罵倒したキャバ嬢を、持っていたナイフで滅多刺しにしたらしい。
現場は血の海で、取り押さえにきた男性たちに向けてもナイフを振り回し、警察が取り押さえるまでに一人殺し、二人に怪我をさせた。
警察の発表によると、山本は違法薬物を所持しており、犯行時も使用していた疑いがある。
ショックだった。どの言葉を聞かされても、どうしても涼介は犯人と山本が重ならなかった。
そして同時に激しい後悔を覚えた。
全く俺というやつは、自分の身に起きている悲劇に酔っていたに違いない。
どうして気づいてやれなかった。どうして話を聞いてやれなかった。
人殺しだろうが違法薬物所持者であろうが、やっぱり涼介にとって山本は山本だった。それがたとえ山本の本性ではなかったにしても。
なんで話を聞いてやれなかった。なんで、気にすらしてやれなかった。
「やっぱ最近変だぜお前。大丈夫か?」
相川の声がして振り返ると、いつもの職場の喫煙場でタバコに火をつける彼の姿があった。
「うん」
「いや『うん』じゃなくてさ。なんつーか、大丈夫かって聞いたんだよ」
「……それに対して『うん』って言ったんだよ。あってんだろ。『うん』で」
「お前、痩せたよな。あまり眠れてねえんじゃねえの?」
「うん」
「だから『うん』じゃねえって・・・死んじゃってくれるなよ。俺は嫌だぜお前の世話見にいくのは」
「誰も心配してくれなんて言ってねえよ」
「そんなこと言うならよ、恋人でも作れよ。よく寝れるかもしれないぜ。逆に寝れないか。ははは」
「……るせえな」
「冗談だって。怒んなよ」
「怒ってねえよ」
「お前が心配するなっつったって周りは気になるっつうの。あと、怒るってことはお前さ、図星なんじゃん。
独り身なの気にしてるってことだべ?しょうがねえなあ俺の周りにいる若いこ連れてさ、飲みにいくべ。いつ空いてる?」
……山本が逮捕された直後だぞ?全く他人というやつは、別の他人のことになるとこうも無神経になれるものか。
「……っとけよ」
「ああ?」
「どうせお前にはわかんねえよ!」
涼介は思わず相川を睨んだ。睨んだ瞬間に明らかに顔色が悪くなった。
不思議に思い、相川も涼介の視線の先を追う。
駐車場に黒いバンが停まっていた。来客か、山本がニュースに出たことで、発注元のお偉いさん連中が様子を見に来てるのだろう。どちらにしろ、黒いバンが駐車場に止まる事自体珍しくはない。
……はずだが、涼介は黒いバンをじっと見ていた。この世の終わりのように。
相川の知っている限り、それ以来、涼介は工場に来なくなった。
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