14歳の黒髪歌姫は戦場の花になる〜歌で戦争を勝利に導いたら王子様から溺愛されました

城山リツ

第1話 烏珠の謡姫

 ヒラヒラの薄い袖。

 腰を絞らないサラサラの白いワンピース。

 その上に、フワフワで薄桃色の袖なし寛衣ガウンを羽織る。


「こんなの、初めて着る」


 私は鏡に映る自分の姿にびっくりしていた。

 まるでどこかのお姫様のようで、王都ここに来て初めてときめいた。


「特別にしつらえた、巫女服ですよ」


 着せてくれた女の人がにこやかに言う。

 けれど、その目が冷たくて居心地が悪い。


「みこ……?」


 お姫様の服じゃないんだ。ちょっとがっかり。


「神官様が、歌姫様のお力の一旦になればと、お祈りになった聖なるお召しものです」


「ふうん……」


 その言葉を最後に、彼女は私の裾を整えてから数歩下がって下を向き、何も言わなくなった。

 私はさっさとドアに向かう。

 フワフワのスカートが、羽のように足取りを軽くしたから。


「セイタ! 似合う?」


 勢いよく開けたドアの向こうに、一緒に村を出てくれたセイタがいた。


「うん、とっても可愛いよ」


 彼がそうやって微笑んでくれたから、私はようやく安心できた。





 ◆ ◆ ◆



 馬車に乗るのは二度目。

 村から王都に来るまで、何日かかったかは忘れちゃった。

 山道が険しくて、ずっとガタガタしてた。

 今も少し揺れるけど、あれよりはマシ。


「コーリソン殿、大丈夫ですかな?」


 向かいの席に座っているのは、レント大臣。村を出た時からずっと一緒にいる。

 少し太ったお爺さん。顔が丸いから皺が少なくて、いつも笑顔だから結構好きだ。

 王都で会った人達は、レント大臣以外はみんな冷たかった。


「コーリソン殿は、まだ馬車に慣れないようですな」


 私が、馬車の揺れに顔をしかめたのがバレちゃったみたい。

 それでもレント大臣は屈託なく笑っていた。


「あの、あまりその呼び名は……。村でも表立って出しているものではないので」


 私は別に気にしないのだけれど、セイタの方はそうじゃなかったみたいだ。困ったように笑って、レント大臣にそう訴える。

 

 私達みたいな田舎者の子どもの言う事なんか、レント大臣にしてみたら戯言なんだろうな。小太りのお爺ちゃんはあっけらかんと笑う。


「何故? 名誉なことでしょう? 村でコーリソンを名乗れるのはユラ殿だけだと聞きましたよ。それにこれからは我が国のために尽力いただくのです。『烏珠の謡姫ぬばたまのうたひめ』──コーリソンは我らの希望になってもらわねば」


「はあ……」


「しかし、コーリソン殿の御髪おぐしは本当に美しい。烏珠ぬばたまとはかくや、ですなあ。いやはや、東国の言葉は不思議なもので、コモドの外交の広さを思い知りましたぞ」


 私の髪は、真っ黒でウェーブがかかっている。肩まで伸びているから村では結んでいたのだけれど、王都でほどかれてしまった。

 

 烏珠というのは、濡れた鳥の羽のように黒い色のこと。とても遠い東の国の言葉らしい。

 私の髪は村でも珍しくて、他に黒い髪の子もいるけれど私が一番漆黒に近い。それで烏珠の謡姫コーリソンになった。

 

 古くから村に伝わる、とてもありがたい名前なんだけど、私はよくわからない。


「そうですか……」


 セイタは私よりも年上だから、愛想笑いがうまい。相槌だけで余計な事を言わずに飲み込んだ。

 私達には王都の偉い人に口答えする権利なんかないのだから。


「……」


 セイタが困ってる。それなら私も頑張らなくちゃ。変になってしまった空気を変えよう。レント大臣は気にしてないかもしれないけど。


「王子様のところまでは、どれくらい?」


 私は大きく目を開いて、レント大臣を見ながら話題を変えた。

 これから行く所には、王子様がいる。私はそれしか知らない。


「そうですな、途中で何度か馬を換えますから、まる一日と少しといったところですかな」


「まだそんなに?」


 それを聞いてげんなりしてしまった私は、思わず不機嫌を素直に表していた。

 座っていると足が床につかないから、両足をぷらぷらさせたし、口元だって尖ってしまう。

 それを隣のセイタは少しハラハラして見てくる。やり過ぎたかな、でももう遅い。


「コーリソン殿にはつまらないでしょうなあ、お許しください」


 対面のレント大臣は、言葉も態度も怒っていなかった。

 でも少ししょんぼりしたお爺ちゃんの顔が気の毒で、私はまた話題を変えた。


「ううん。王子様ってどんな人?」


 変えると言っても、私が提供できる話題はやっぱり王子様の事で。

 この国のことはそれしか知らないから。


「ミラージュ殿下ですか? それはもう立派なお方ですよ。何より他の王子達よりも男前でいらっしゃる。あ、これはここだけの内緒話ですぞ?」


 レント大臣は王子様の話になると、とても楽しそうな顔になる。

 しょんぼりしていたのに、今ではもうウィンクして口元に人差し指をあてていた。

 イタズラっ子みたいな「内緒話」に、私もつられて笑ってしまう。


「うふふ。わかりました」


「ミラージュ殿下にお会いするのを楽しみにして、今は我慢してくださいね」


「はあい」


 レント大臣がこんなに嬉しそうに話す、ミラージュ王子様は一体どんな人なんだろう。

 このドレスを着た時みたいなときめきが、またあるのかな。


「きっと殿下は大切にしてくださいますよ」


 レント大臣の結びの言葉で、私の期待は高まった。

 きっと歓迎してくれるんだろう。上手くいったら褒めてくれるのかな。


「……」


 私とレント大臣の会話を聞いていたセイタは、わからないように大臣を少し睨んでいた。

 あの結びの言葉が、セイタにはどう聞こえたのか。私にはわからなかった。

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