☆ あったかいミルクにココアを溶かして
「ありがと、二ノ宮くん」
差し出してくれる花柄のマグカップを受け取ってお礼を言うと、不満げな視線が訴えかけてくる。
「
「あはは、まだ慣れなくて」
ふわっと、ココアのよい香り。テーブルの反対側に自分の分を置いて、二ノ宮くんが向かいに座る。
お付き合いをしだしたものの、お休みもなかなか合わないし、退勤時間も重ならない。
だから、仕事終わりにこうしておうちに寄らせてもらうことが多い。
観葉植物の置かれたシンプルなお部屋で、飾り棚にあげたチョコが本当に飾ってあるのには慌ててしまった。
食べて、って言ったのに!
「いいけど。……そういうところも好き」
ふわっと、泣きぼくろのある目尻が柔らかく下がって、照れちゃうようなことを平気でいうから。
急いでマグカップを置いて、人差し指を立てる。
「えへへ、種も仕掛けもございませんっ」
『ぽぽんっ』
「わっ! すごいね」
手のひらに隠せるくらいの花は次第に増えて大きくなって、もう両手でも隠せない。
困ったことに、二ノ宮くんへの気持ちが育てば育つほど、魔法の暴走がひどくなってきてる。
好きって言われただけで、こうだもん。近づくたび、触れるたび、好きって思うたび、……いちいち花があふれてしまう。
毎回これじゃ不自然すぎるよ〜!
二ノ宮くん相手だからギリギリなんとかなってるけど、たぶん、誤魔化すのももう限界だ。
だけど、秘密の告白には、問題が一つ。
二ノ宮くんのことを信じられないことじゃない。
問題は、暴走が起こるタイミング。
ときめいたり、ドキドキするたびに……って告白するのは恥ずかしいよ!?
心の中がぜんぶ、筒抜けになっちゃうよ!
「野乃花さん、大丈夫?」
「うん……」
話せない私がぜんぶ悪いけど、たぶん、二ノ宮くんはなにかカンチガイをしてる。
魔法のことを誤魔化そうとすればするほど、必要以上に心配をかけてる。
危ないことに巻き込みたくない。最初はそう思ってのことだった。でも……。
これだけ一緒にいたら、事情を知ってるかどうかなんて関係なく巻き込んでしまう。だから、もう手遅れだ。
私が恥ずかしい、ってだけで、こんなに心配をかけるのは違う……よね?
「ねえ、聞いてくれる?」
「ん?」
マグカップを口に運んでいた二ノ宮くんがきょとんとこちらを見る。
姿勢を整えてクッションに座りなおす。普段、二ノ宮くんが使っているはずの一番居心地のよいクッションは、私の定位置になってきてる。
「誰にも言ったことない私の秘密」
二ノ宮くんが真剣にうなずいてくれて、ときめきとは違う緊張で呼吸が浅くなる。
「あのね……、信じられないかもしれないけど」
大丈夫だと思ったのに、やっぱり、怖い。
「私の手品、実は魔法なんだ」
「え?」
うん。びっくりだよね。
「私ね、魔法が使えるの。ときどき、勝手に魔法の力が溢れちゃって、それを手品ってことにしてるだけ」
勇気がしぼまないうちに、まくしたてるように言い切った。自分で言ってても、現実離れしてるもん。
「信じられないよね」
たはは、と情けない笑い方になって、失敗したなと思う。
「信じるよ。……野乃花さんの言うことだもん。
野乃花さんはそんな顔で嘘つかないの、俺は知ってる」
二ノ宮くんが当然、みたいな顔で言うから。なんだか胸がぎゅっとする。
やだな。また、魔法があふれてしまいそう。
「魔法だよ!? そんなに簡単に信じちゃっていいの?」
「うーん。たしかにそうなんだけど。
野乃花さんが言うならそうなのかな、って」
へにゃっとした笑顔に気が抜けちゃう。臨戦態勢だった心がほどけて溶けていくみたい。
私のほうが強いはずなのに。なんだか、私ばかりが守られてる。
「もし、また。この力のせいで危険なことに巻き込まれたら、ね。
私が……、宙くんを守るから」
「野乃花さん……、ときめけばいいのか悲しめばいいのかわからないよっ!」
「あはは、ごめん」
本当に複雑そうな顔をするから、おかしくなる。
「ねえ、もう一回呼んで?」
じっとこちらを見つめて、柔らかく目を細める。普段は子犬みたいなのに、男の人の顔するのずるい。
こんなに待たれたら、恥ずかしくて呼べないよ……。
「お願い。野乃花さん」
「……やだ」
『ぽぽんっ』
ドキドキしたせいで、でちゃった小さな花。あえて出してる手品じゃなくて、魔法だってバラしたせいで余計に恥ずかしい。
「もう呼ばない」
「ねえ、野乃花さん。あのね――」
提案に顔を見合わせて、くすくす笑う。
宙くんといるだけで、心があったかくなる。
秘密を話して、心まで軽くなったみたい。もう魔法を隠す必要もないんだね。
ずっと、ずっと、こんな時間が続くといいな。
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