第32話:東京最後のダンジョン。終わり
「碑矩ッ!」
黒をとかない碑矩に対し、時は銀から教わっていたあるペイントを体に描く。
『これは?』
『気分をめちゃくちゃ怒りに上げるメイク『
『……怒りにしてどうすんだよ』
(俺にはもう付いて行けねぇ。魔法もあと一回しか使えない。……だから託すぜ、碑矩)
「
碑矩の肉体にオーガペイントを塗ったのち、もう自分は役に立たないのだとその場から離脱する。
「……」
一方の碑矩はと言うと、妙に冷静だった。今まで殺意と殺気のみで動いていた肉体が、怒りという外付けの感情によって一周回って感情が戻ってきたのかそうでないのか。まぁとにかく冷静になったということは事実である。
「なんか見える」
冷静になった事でタクトをどうにか止めようとする存在も見る事ができた碑矩。
「……私は止まれない。止まれないんだ……」
どうやら色々考えている様子。だが碑矩からすれば……
「うるせーーーーーーーッ!!!!!」
「?!」
全く関係ないのだ。紅いオーラを身にまとい、碑矩は叫ぶ。
「何が止まれないだコラ!お前の過去なんざこっちはこれっぽちも興味ねーんだよコラ!」
「な」
「今二人で戦ってんだよ!それ以外の事なんか……終わった後で考えやがれーッ!」
それを聞いたタクトは止めようとする二人の手を優しく振り切る。
「……。私は、救ってほしかった」
「あ?」
「誰かに。……いつまでも救われるつもりでいた」
あんなダンジョンに閉じこもって、ただ延々と誰かが来るのを待ち続けていた。女々しく自分を殺してもらえるように、記憶をわざわざ追体験させてまで殺されようとしていた。
「……」
「私の救いは殺される事だけだ。だから碑矩。私を……殺してみろ!全力でぶっ殺してやるッ!」
「そう来なくちゃなぁッ!来いッタクトォッ!!」
「行くぞ碑矩ェッ!」
だがもう関係ない。タクトと碑矩の殺し合いにどんな事情も関係ない。
お互い好きなように殴り合い、殺し合うのだ。
「『
「表我流其の十……!」
「『
互いに出し惜しみなしの殴り合い。一発殴り合うたびに互いの体に容赦ないダメージが入っていくが、それを意に介さぬ二人。
お互い倒れることなく拳を打ち込み続ける。肉体へのダメージがどれだけ来ようとも、拳は一切止まらない。何度も何度もひたすら殴り続けるのみだ。
だが。それでも倒れる者は生まれる。それがこの世の理なのだ。先に膝をついたのはタクトの方だった。碑矩は容赦なく膝をついたタクトに改を叩き込む。
「うおぉらぁッ!」
その一撃は確かにタクトの頭部を吹き飛ばした。
「……ッ!」
だがまだタクトは立ち上がってきた。そこに意思など存在しないはずだというのに。もう立ち上がる理由もないのに。
「……」
碑矩に黒が宿ろうとするが、それを超え蒼いオーラがまとわれる。その瞬間、水面に反射する波紋がピタリとやんだ。
完全なる凪。頭部の無いタクトすらも一瞬足を止めるほど、そこに殺気は無かった。
あるのはただ悲しいという感情のみ。
「……」
とても静かに、碑矩の拳はタクトの心臓を貫いた。
◇
タクトは一人浜辺に寝転がっていた。煌々と照り付ける太陽が嫌に眩しい、そう思っていると少女たちが話しかける。顔はよく見えないが、しゃべりかけられた瞬間に思い出す。
あの日聞こえなくなった声だ。あの日聞こえなくなったはずの声が、彼の耳に再び届いたのだ。その瞬間顔が鮮明に彼の目に映っていく。
音は振動である。振動が響く事で音は聞こえるのだから、音のないこの空間で聞こえる訳が無い。ましてやそれが、死者の物であれば猶更聞こえるはずが無いのだ。
だが。現に聞こえているのだ。
音のないこの空間で、確かに彼は二人の声を紡いだ。
二人に連れられるように、タクトは船へと乗り込んだ。船頭には二人の両親の姿もあった。タクトが乗り込むと同時に船は進む。お題は取らないと言われたが、なぜか懐に六文銭が入っていたので渡しておいた。
静かに船は進む。三人を乗せて。
行き先がどこなのかは分からないし、知りたいとも思わない。もっと長く話がしたい。今まで出来なかった分も含めて、いっぱい。
漣が再び動き出す。静かに、にぎやかな音を立てて。
救われぬはずの魂が救われた。
……後には、ただ静寂と漣だけが残っていた。
◇
「……」
機能を停止したタクトが波に攫われていく。残ったのは頭部だけだが、碑矩はその頭部も海へ流していった。どこかへたどり着くかもしれないし、沈んでいくのかもしれない。
けれど彼の故郷はここではないのだ。であれば埋葬すると言うのは……違うだろう。
「……タクト。忘れない。初めて僕が殺した……人間」
目を伏せ、ただ。
彼の静寂を祈る。
「おい碑矩!終わったか!?」
気が付けば遠くから時の声が聞こえた。全てが終わったのだ。碑矩は帰ろうとその場から身をひるがえす。
小さく。ありがとう、と。
聞こえたような気がした。
「……聞こえるはずもないのに」
彼の立っている場所には、漣だけがザザンと音を立てている。
まぁなんにせよ……戦いは終わったのだ。
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