第9話 容疑者③公爵

「ああああ、緊張する」


お父様パパ、めっちゃ緊張してるじゃん! どしたの?」


「お前は緊張しないのか? 王妃派の象徴、王妃の父、公爵様に会うんだぞ!?」


「じいさんに会うだけじゃん。」


「この阿呆娘! 絶対本人並びにその近くでその言葉言うんじゃないぞ!? いや、家の外では決められた言葉以外、絶対口を開くな!」


「あーもう、わかってるって!」








お父様パパが怖い顔で後ろに腕を組みながら、いつものように大声で言った。






「いいか。お父様との約束だ。復唱!」






「決められたセリフ以外、話さない!」


「決められたセリフ以外、話さない!」


「振る舞いはお淑やかに!」


「振る舞いはお淑やかに!」


「微笑みを絶やさない!」


「微笑みを絶やさない!」


「公爵は?」


「じいさん!」


「ミシェルちゃん……?」


「ひっ!? すみません!」 


 お母様の手元に棍棒が見えたような……気のせい気のせい! お淑やかなお母様ママがそんなことをするはずがない、うんうん。







決められた台詞


「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」

「よろしくお願いいたします」

「また、両親に相談してお返事いたします」

「ありがとうございます」

「まぁ」(困った顔)

「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)

「申し訳ございません」(真剣な顔)

「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)

「光栄でございます」

「謹んでお受けいたします」

「お父様。お願いしますわ」













 うちの伯爵家でも大きいお屋敷だと思っていたけれど、どこまでも続いている壁に、門から玄関までいつまでたってもつかない広大な土地の広さ。森が敷地に丸ごと入っているのでは? と疑う一面の緑。さすが公爵家。でっけー。



「どうぞおかけになってお待ちくださいませ」


 教育の行き届いたメイドに、壁一面に掛けられた高そうな絵、なんのためかわからないけど飾られている壺。あれ割ったら我が家に賠償できるのかな?


(ミシェル。絶対動くんじゃないぞ? あの壺は国宝とされているものだ)


(やっべーやつじゃん)


(割ったら社会的に消えるしかない価値のものだからな?)


(はい……! わかりましたわ、お父様パパ


 思わず敬語を使いこなしてしまった。







「これはこれは、お忙しいのにこちらまできていただいて申し訳ありません。スターナー伯爵とミシェル嬢。どうぞおかけください。大したおもてなしもできませんが」


(なにこのめちゃくちゃ腰の低いじいさん。ニコニコしていて、優しそうで。これ、本物の公爵? もっと偉そうにしているものじゃないの? 大臣のほうが偉そうだったんだけど)


(本物だ! 本物だからお願いだから黙ってくれ!!)


「いやいや、素敵なお屋敷にお邪魔させていただく名誉をお与えいただき、ありがとうございます。スターナーと申します。こちらが娘のミシェルです。未熟な娘ではございますが、本日はよろしくお願いします」


「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」

「よろしくお願いいたします」


「これはこれは噂通り美しいお嬢さんですな」


 にこにことこちらを見ている公爵サマは、穏やかで優しそうな好々爺だ。前の大臣と同じような言葉なのに、感じ方がこんなに変わるものなのね。


「まぁ」(困った顔)

「ありがとうございます」


「我が娘の殺害未遂について調べてくれているようですね。ありがとうございます」


 一令嬢に丁寧に頭を下げる姿は、公爵という高位の貴族には見えなかった。


「まぁ」(困った顔)


 ちらりとお父様パパを見ると、頷いて言葉を引き取ってくれた。


「一貴族令嬢である娘にもったいないお言葉、ありがとうございます」



 ごほん、と咳払いしたお父様パパが意を決したように問いかけた。


「皆様に確認してくるようにと王命が降っているので、大変申し訳ないのですが……。よろしければ、お聞かせ願いたいのですが、事件当日どちらにいらっしゃいましたか?」


「あの日は早めについたので、皆様にご挨拶した後は大広間で休息をとっておりました。会場警備の騎士たちが近くにいましたよ」


 そういった公爵サマは悲しそうにつづけた。


「陛下は私もうたがっていらっしゃるのですね。……私がなぜ、愛しい娘を殺そうとするのでしょうか?」


 そう俯いた公爵サマの視線を追うと、足元で何かが黒く光った。


お父様パパ! あれ!)


(悲しまないでください、公爵。娘を愛する気持ちがひしひしと……ってなんだ? ミシェル)


(足首に何か光っている!)


(……見間違いだろう。見間違いだと言ってくれ)


(確実に黒真珠だから、聞いて!)


(仕方ない。念のためだぞ?)



「公爵。恐れ入りますが、素敵なアンクレットですね」


「ありがとうございます。大切なお方からいただいたんですよ」


 そう言ってアンクレットをなでる公爵は、まるで我が子をいつくしむかのように愛おしがる表情を浮かべていた。

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