英雄を導く蔑職の探索者〜その職業、蔑まれていますがじつは最強です〜

下昴しん

第1話 引き裂かれた家族

 妹のココアが家の廊下を端から端まで駆け抜ける。


「お兄ちゃん! 見て! すっごい大きな雲だよ!」


 廊下の突き当りにある窓を見て、ココアが俺に話しかけてきた。


「エーッ。いまボスと戦ってるから後でなっ」


 俺はスマホゲームに夢中だった。


「ねえねえ、雲が真っ黒で、神様がつくった空の壁みたいだよ!」

「あー、絵本であったアレね……」


 7歳のココアは空想が大好きだ。

 最近は、空をつくった絵本の話をことあるごとに持ち出してくる。俺は一切、その本を読んでいないが、妹は気に入っているようだった。

 ココアは俺と違って好奇心旺盛で、動物を描いたり切り絵をするのが得意だった。


 隣の部屋で寝ていた父が起きてくる。


「やるなぁ! ボス倒したのか。アイツどうやって倒したんだ?」


 俺のスマホを覗き込んできて、感嘆の声をあげた。


「いや、普通にレベルが足りてないよ」

「うっそだろ……一時間ぐらいレベル上げしてたんたぞ、父さんは」

「いや、一時間じゃ全然足らないよ」


 俺が全く話を聞かないので、ココアは母の手を引いてきた。


「まあ! ほんとに大きな雲ね」

「でしょ〜!」


 父は俺の横に座ると、肩をトントンと叩く。


「お前ももうちょっとお兄ちゃんらしくならないとな。ココアを守ってあげれるのはお前なんだから」

「いや、父さんと母さんがいるだろ」

「まあ、そうなんだが……ほら、学校とかで守れるのはお前しかいないだろ?」

「俺、来年で中学だし。ココアは小学生だから学校違うし」

「ま、まあそうなんだけどもさ……」


 と、その時。


 ギギギギッ……ガコン!


 家全体から軋む音が聞こえた。


「な、なんだ!?」


 俺はゲームの途中でスマホを置いた。

 次の瞬間、雷のような音がすると床が割れた。

 まるで空手の板割りのように、床と天井が家の中央で真っ二つに割れる。


「キャアアッ!!」


 母と妹が叫び声を上げる。

 父は咄嗟に反応した。


「レントっ! お母さんのところへ!!」


 俺はあまりの衝撃で体がすくんでいた。

 父は廊下に飛び出ると、母と妹のところまで走り、手で覆う。


 俺の名前を父が叫ぶ。

 父の周りに薄いガラスのような結界ができた。それは父の特殊能力だった。


 俺は廊下を移動するが床に亀裂が入り、裂けた木材を避けながらだと思うように前に進めない。


「ま、まてっ!! これは……ダンジョン化だっ!!」


 父は慌てて手を広げて、今度は俺が来ないように合図を送る。


「……!」


 俺は混乱した。


 どうすればいいんだ……!?


 混乱に拍車をかけるように、今度は地鳴りが聞こえた。


 ゴゴゴゴゴッ!!


 遠くの雷鳴が足元に迫ってくる恐怖が、俺を膠着させる。

 家全体が上下に激しく揺さぶられた。


「レント、逃げるんだ!! 父さんは母さんとココアを守る!! 逃げろ、レント!!」

「と……とうさ……!」


 声を出した瞬間、三人はひっくり返った家の畳や柱に折り込まれた。衝撃とともに飛び散る木片。

 本を閉じるように、俺の目の前で三人は姿を消した。

 家の土台だったブロックやセメントが、無慈悲に地中深くまで吸い込まれていく。


「そ、そんな……父さん、母さん、ココア……」


 家は半分だけ残り、その境界線に俺は突っ立っていた。

 

 茫然自失のさなか、勝手に涙が流れる。虚しさと無力感が俺を支配して、絶叫したい気持ちさえも萎えさせた。


 執拗に回転する土砂の渦。

 混ぜられた土砂が岩や石ころだけになると、ぽっかりと地下に続く穴が俺の目の前にできた。

 その穴は真っ暗で、奥には何者かの息遣いが聞こえる。


 ギギギギッ……。


 それは、弱い俺を嘲笑うかのようなモンスターの鳴き声だった。

 

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