魔法少女の変身する杖が俺のアレになってしまったのだが。――変態女子高生・凄照イルド編――

牡丹餅侍

プロローグ

 

 桜の花びらが舞う季節。

 期待や不安を抱いた少年少女達が、新天地へと向かう時期。

 

 一人の青年、赤城天牙あかぎてんがは大通りを走っていた。

 

 染めたばかりの紅い髪が揺れ、着ている制服が少し汗で透けている。

 今日から高校生にある天牙。彼は遅刻をしていた。


「遅刻だー‼」


 少女漫画の冒頭にありそうなセリフを吐きながら、天牙は角を曲がり――ドスンッ――何かにぶつかった。天牙は一歩、二歩と後ずさり、視線を向ける。


 天牙は一瞬の思考の末、結論を出した。


「変態がいる……?」


 天牙の視線の先には変態がいた。


 おしゃぶりを咥えて、オムツをしているおっさん。


 おっさんは哺乳瓶を片手に「ばぶぅ」と野太い声で泣いていた。

 赤ちゃんのコスプレをしたおっさん。どう見ても変態である。


 天牙は目を疑った。


「マジかよ……俺以外、誰も反応してないじゃん」


 天牙にとって、おっさんは問題ではなかった。


 もちろん常軌を逸したヤバい変態なのは明らかだが、そういった性癖のおっさんだと思えば、まだ理解は出来る。


 もしかしたら、そういったコンセプトの夜の店から、酔った勢いで抜け出してきたのかもしれない。


 問題なのは、天牙以外の人間がおっさんを認識していないことだった。


 大通りを歩く人々はおっさんを見向きもしない。なんなら、道の真ん中で立ち止まっている天牙の方を怪訝そうに見ている。


 いつも通りの日常を過ごす、周囲の人々。


 天牙は察した。

 

 これ、関わっちゃいけねぇやつだ。


 天牙はおっさんを見ないようにし、平常心を装って前に進む。


 この大通りを進んで行けば学校がある。他に回り道もあるが、時間的に遅刻は確実だ。入学初日から遅刻をして、素行不良だと思われたくない。


 天牙がおっさんの横を通り過ぎると――周囲にいた人々がパッと一瞬で消えて――おっさんと二人きりになった。


「おんぎゃああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 おっさんの泣き叫ぶ声が響く。

 

 鼓膜が破けそうな轟音に、天牙は思わず耳を塞いだ。

 天牙は苦痛に顔を歪めながら、おっさんに視線を向ける。

 

 泣き叫ぶ声はすぐに収まり、おっさんがニチャアと笑った。

 

 おっさんは大きく口を開けると、天牙にゆっくりと近寄ってくる。

 

 天牙は逃げようとするが、体が全く動かないことに気づいた。


 生まれたての小鹿のように震える足は、己の意思で動こうとしない。震える手で足を叩くが、それでも足は動かない。


 天牙の呼吸が激しく乱れる。呼吸をしても酸素が肺に入っていかず、額から汗がドバドバと流れる。新品の制服が水を浴びたように濡れていき、指先がピクリとも動かなくなる。


 恐怖。


 天牙から絞りだすような声が漏れた。


「だ、誰か……」


 無意識に誰かに救いを求めた瞬間。


 突如、おっさんが「おふぅッ⁉」と気持ちの悪い喘ぎ声を漏らした。

 倒れるおっさん。ピクピクと痙攣している。


 おっさんの尻には、複数の鉄球が一つに繋がったものが刺さっていた。


「助かった……のか?」


 動揺する天牙。

 そんな彼の視線の先には、一人の少女が立っていた。


 天牙と同い年くらいの少女――いや、ただの少女ではない。


「魔法少女……?」


 魔法少女といっても、リボンやフリルが装飾されたそれっぽいピンクのドレスを着ているだけで、空を自由に飛べそうな箒も、魔法が使えそうな杖も持っていない。


 金髪碧眼で猫のような人懐っこさを感じさせる美少女であり、小柄な体つきながら胸はかなり大きい。つけまつげや口紅などの化粧をしており、爪にはネイルがしてある。


 ギャルっぽい感じの少女は「はぁはぁ」と、艶っぽい吐息を漏らしながら、恍惚とした表情を浮かべていた。


 エロい。


 天牙を支配していた恐怖は、少女こと金髪ギャルへの煩悩に変わっていた。

 そんな金髪ギャルは悶えながら股に手を伸ばし……天牙と目が合った。


 二人の間に沈黙が流れる。


 先に口を開いたのは金髪ギャルだった。


「私はあなたを助けた魔法少女です……!」


 何も無かったかのように、金髪ギャルは大きな胸を張って、ドヤ顔を浮かべた。


 天牙は金髪ギャルが魔法少女だとは思わなかったが、おっさんをどうにかしてくれたのはマジだと思ったので、感謝を告げることにした。


「ありがとう。魔法少女もどきの変態ギャル」


 天牙の口から少し本音が漏れた。

 金髪ギャルの表情が僅かに強張った。


「私はあなたを助けてあげた魔法少女ですよ……ね‼」


 金髪ギャルは可愛らしい笑顔を浮かべているが、言葉の節々から怒りが滲んでいる。


 天牙は口を噤み、黙って頭を下げた。

 これ以上、余計なことを喋ったら俺の尻が危ない。


 天牙はおっさんの尻に刺さっていたものを思い出し、身震いする。

 天牙が顔を上げると、金髪ギャルが目の前にいた。


 キスする寸前の距離に顔があり、天牙は思わず視線を外して――金髪ギャルの谷間に挟まっている小さな人間と、目が合った。


 小さな人間には薄い透明な羽が生えており、神秘的な美しさを醸し出していた。男女の区別がつかないような中性的な顔立ちをしており、目鼻立ちは整っているものの、むすっとした不機嫌そうな表情が、それを台無しにしていた。


 小さな人間は天牙に向かって中指を立てる。


「◯ね、生きる産業廃棄物」


 小さな人間は眉間にしわを寄せて、ドスの効いた声で告げる。

 金髪ギャルは頬を膨らませて、小さな人間をなだめた。


「ダメでしょイヴ! この人は怪人に襲われたんだから、優しくしないとっ!」


 羽の生えた小さな人間、イヴは甘ったるい声を出しながら、


「だってだって! うちの可愛いイルドちゃんが、クソみたいな男の毒牙にかかりそうだったんだもん!」


 魔法少女の金髪ギャル、イルドはため息をつきながら、イヴを谷間に押し込んだ。イルドは呼吸を整えると「それでは、あらためて……」


「私は凄照すごいでイルド。現役女子高生であり魔法少女でもある、完璧美少女だ! ちなみに処女だぜ!」 


 天牙は最後の情報を無視して、名乗る。


「俺は赤城天牙。今日から高校生になる、ただの一般人だ」


 天牙が手を差し出すと、イルドは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた。すぐに、イルドは元の人懐っこい笑みになり、天牙の手をギュッと握った。


「よろしくね、天牙くんっ」「……こちらこそよろしくだ、イルド」


 かくして、赤城天牙と凄照イルドの物語は幕を開けたのだった。


「ちなみに経験については……?」

「いや、言わねえよ?」


 

 

 

 

 


 

 

 

 


 


 

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