第9話 初々しさ

 ……はぁ。


 おっと、クソでかため息が漏れてしまった。


 私──池上青羽は、かれこれ1時間ほど頬杖をつきながらパソコンを眺めている。


 推しのVtuberである紫吹ルカくんが休止を発表してから3日。


 既にルカくん不足を実感している。


 こんなにも推しの存在が大きかったとは、数ヶ月前の私は予想もしていなかっただろう。


 人生で初めての推しであるルカくん。


 彼の、クールなのに時々見せるギャップに心を掴まれた。


 どんなに疲れていても、辛いことがあっても、ルカくんの声を聞くだけで元気になれた。


 一体どれだけルカくんに救われていたのだろう。


 思い出すとまた泣きそうになる。


 でも、ルカくんが戻ってくるまで待つって決めたんだ。


 元気になったルカくんを、笑顔で迎えられるように。


 よし、少しでもルカくんの活動に貢献できるように、今できることをやろう。


 そうだなぁ……あ、そういえば、ルカくんの初配信まだ見たことなかったっけ。


 確か、アーカイブが残ってたはず……あった。


「【初配信】クールな男がここに参上したらしい」というなんともクセの強いタイトル。


 サムネは自分で作ったのか、慣れていない感じがして可愛らしく見える。


 早速見ているか。


「────」


 ……。


「────」


 ……。


「────」


 いや、無言の時間長くないか?


 全然声聞こえなくてコメント欄もざわついてるぞ。


「────」


 ……これ、大丈夫なやつだったのかな。


「──あれ?」


 お、やっと喋った。


「え、声聞こえてなかった? もしかして、俺ずっとミュートのまま喋ってたってこと?」


 早速やらかしてるなルカくん。だがそれも面白い。


「やっべ恥ずいな。もっかい言わないといけないのか。……んんっ、改めて、皆さん初めまして。紫吹ルカです。よろしくお願いします。今日は名前だけでも覚えてもらえると嬉しいです」


 照れ混じりの声に咳払い……良い。


「ちょっとマイクをミュートにしたままベラベラ話すっていうやらかしをしてしまいましたが、初配信で緊張してるので大目に見てください。……マジですいません」


 ガチ反省してる……ルカくんの繊細な心は、初期の頃から健在だったのね。


「──ゲームが好きなので、ゲーム実況とかできたらいいなって思ってます。あとは、定期的に配信もやりたいですね。リスナーさんとお話ししたいんで。なので、今後配信に遊びに来てくれると嬉しいです。俺が一人で喜びます」


 喜ぶルカくん可愛いなぁ。ちゃんと配信見てるからね。


「──得意なことは……なんだろ、ギターならちょっとはできるかも」


 え、ギター弾けるの!? まじ!?


「ちょっと別の部屋にギター置いてあるので、取ってきます。しばらくお待ちを」


 そう言うと、ルカくんの足音が遠ざかっていった。


 ギター弾けるの知らなかった……。でも、ルカくんなら上手に弾けるんだろうな。


 数分経つと、ルカくんが戻ってきた。


「お待たせしました。せっかくだから、弾いてほしい曲あったらコメントに書いてください。何曲かサビだけ弾いてみます」


 え、リクエスト制!? 初配信でするの凄いな。


「うんうん、じゃあ、ちょっとだけ時間ください。チューニングするので」


 慣れた様子でチューニングをしている。あぁ、期待しちゃうな。


「よし、いい感じ。そんじゃ、何曲か弾きますね」


 ……あ、これ一時期流行ってた曲だ。優しい音が響く。


「〜〜〜♪〜〜〜♪」


 ……うまいんだろうなとは思っていたけど、予想以上に上手だ。難しそうなところも、難なく弾いている。


 こんなの初配信で聴かされたら、一発で惚れちゃうよ……!


 弾き語りができたら、もっとかっこいいんだろうな。いや、ルカくん歌の練習頑張ってたし、いつかできる日が来るかも。


「──ふぅ、こんなもんかな。たくさんリクエストありがとう。難しい曲ばっかだったけど、どうだったかな。また練習してみんなに聴いてもらおうかなーなんて思ってます」


 ぜひ! ぜひまたやってください! 


 復帰したら弾き語りやってもらいたいくらい。


「さて、今日で俺のこといろいろ紹介できたかなと思っていますが、興味を持ってもらえてたら嬉しいです。あ、名前覚えてくれるだけでも嬉しい。そんで、これからの活動を応援してもらえたら、めっちゃ嬉しい。マジで嬉しい」


 うんうん、もう推してるから安心して。嬉しい連呼してるの可愛い。


「それでは、今日はこの辺で終わろうと思います。来てくれた皆さん、最後まで聞いてくれてありがとうございました。これから活動頑張っていくので、応援よろしくお願いします。じゃ、バイバイ」


 ここで、ルカくんの記念すべきデビュー配信が終わった。


 もっと早く観ておけば良かったと後悔。


 でも、ルカくんは初配信から特に変わってなかった……いや、やっぱ初々しさはあったか。


 今より可愛らしい一面が見られたし、声のトーンとか話すスピードとかから、緊張している様子が伝わってきたし。


 そんなルカくんも好きになったし、これまで観てきたルカくんも大好き。


 初々しいルカくん。クールで落ち着く声のルカくん。ギャップ萌えが可愛いルカくん。全部大好き。


 復帰したら、それをいっぱい伝えるんだ。


 心の準備しておくんだな、ルカくん。

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