第8話 繊細

「──ってことで、しばらく休止することになりました。急にこんなお知らせをしてごめんな。いつ復帰することになるかはわからないけど、絶対戻ってくるから。約束する。それまでみんなには待っててほしい。……そんじゃ、これで報告配信は終了します。次会う時まで、またね」


 落ち着いた声で、配信を締めくくったルカくん。


 そんな彼の突然の活動休止に、私の心は崩壊寸前だ。


 1時間前。配信の待機所が用意されていた。黒画面に書かれた「お知らせ」のサムネを見た時点で、私含めたリスナーはこれまでにないほど動揺した。何か悪い知らせだろうか。ルカくんの身に何かあったのか。いろいろな憶測が飛び交った。


 配信が始まると同時に、ルカくんのか細い声が聞こえた。


 内容をまとめると、ルカくんは喉の不調により、一時活動を休止するそうだ。1週間ほど前から喉に違和感があり、受診したところ「咽喉頭異常感症いんこうとういじょうかんしょう」の恐れがあると診断されたらしい。この症状は、ストレスや疲労などが原因とされ、担当医にしばらく休養をとった方が良いと助言されたそうだ。


 私はその症状を初めて知った。そして、ルカくんがどれだけ辛い思いをしたいたのかも。今日の配信では、喉に負担がかからない程度に、今のルカくんの状態と今後の見通しを説明してくれた。


 正直、推しの声を聞けなくなるのは寂しい。クールで落ち着いてて、でもたまに可愛らしい一面も見せてくれたルカくん。周りに比べたらまだ新参者かもしれないけど、ルカくんへの気持ちは負けないつもりだ。だからこそ、突然の休止宣言に戸惑いを隠せない。これからどんどん推し活を盛り上げていこうと思っていたのに。


 はぁ、とため息を漏らした瞬間。


「──ぁ。──た」


 あ……ルカくんの声だ。


 こんな時でも配信を切り忘れるルカくん。何やってんだ。


 でも、少しでも声が聞けるかもしれない。


「はぁ……。休止するって言っちゃったな……」


 ルカくんの声、配信の時よりも暗いトーンだ。やっぱり本人が一番ショックなんだろうな……。


──ルカくん……


──元気出せよ! 戻ってくるの待ってるから


──自分の体調第一にね


 リスナーの優しいコメントが流れている。そうだよね、私がクヨクヨしてどうすんだ。推しの帰りを待つのがオタクだもんね。


「……ぐすっ」


 ……?


 え、今のは。


「ずっ、ぐすっ」


 鼻をすする音が聞こえてくる。もしかしてルカくん……。


「うっ、なんでこんなにダメなんだ俺」


 る、ルカくん……!


「ちょっとしたことですぐ落ち込んで、引きずって、ストレス溜めて。その結果これかよ。ダサすぎんだろ」


──うううルカくん


──そんなこと言うなよぉぉぉぉ


──ダサくなんかないぞ! かっこいいやつだぞ!


「くそ、なんでこんなに弱いんだよ俺は。ぐすっ、うぅ……。みっともねぇなあ。ちゃんとやりたかったのになあ」


ルカくうううううううん


「みんな応援してくれてるのに、こんな急に休むなんて……。びっくりしただろうな。見損なわれたかな。離れていっちゃうかな」


──コメント見ろ! みんないるぞ!!


──何があってもいなくならないから!!


──ちゃんと本音言えてるから逆に見直したわ


「はぁ、マジで何やってんだろ。ぐずっ、あぁぁしんどい」


 うぅ、ルカくん……。泣かないで……。


「このまま喉治んなくて活動戻れなかったらどうしよう……。みんなになんて言えばいいんだよ……。あぁくそ」


 苛立ちと焦り、悲しみを含んだ声。推しのそんな声を聞いて、やるせない気持ちでいっぱいになる。


──落ち着け、深呼吸


──コメント見てええええみんな見守ってるからあああ


──ずっと待ってるから! 大丈夫だよルカくん!


 コメントの流れが速くなってる。私もルカくんに思いを届けたい。その一心でキーボードを叩く。


──ルカくんの気持ちを理解するのは難しいかもしれないけど、ルカくんの帰りを待つことならできるから! ゆっくり休んでまたかっこいいルカくんの姿を見せて!


 打っているうちに涙が止まらなくなった。顔面グショグショになったけど、ルカくんに気持ちを伝えないと。拭いてる暇なんかない。


──マジで大丈夫だから! 休息大事!


──うちらリスナーのこと舐めんな!


──ダサいところなんて何回も見てきたわ! それでも俺らは応援してるんだから胸張れ!


「うぅ……ぐすっ……。ん、電話……?」


 誰からの電話だろう。


「っ、あ、もしもし。うん、うん……。うん? え?」


 涙ぐんだ声から、急に驚きの声色に変わった。


「え、配信? ん、え? ……あ!」


 ここで気づいたか。


「え、あれ、配信切れてなかった!? あ、うんわかった、ありがとな! じゃあな! ……はあああああ」


 電話を切り終わったルカくんは、盛大なため息を漏らした。


「あぁ、さっきのも聞こえてたのか……。恥ずすぎる……。てか、コメントの数エグいな!?」


──ルカくん!!! やっと気づいた!w


──受け取れ、俺らリスナーからの愛のメッセージ


──みんな応援してるからね〜


「うぅ、みんなぁ……。こんなにいい奴らばっかだったなんて……。俺は幸せ者だなぁ……」


 ルカくん……。そうだよ、あなたはとんでもなく幸せ者だよ。


「ぐすっ……。うん、ウジウジしててもしょうがないな。俺、ちゃんと休むよ。そんで、元気になって帰ってくるから。みんな、待っててほしい……。いや、大人しく待っとけよ」


 ルカくううううううううん!!!


──うおおおおおおおおおおおお待ってるからなあああああ


──本当にちゃんと休めよ!


──大好きだよおお


「うん、俺も。お前らのこと大好き。じゃあ、また会おうな。バイバイ」


 こうして、ルカくんのギャップ本音配信が終了した。


 寂しい気持ちは残っているが、私たちなら大丈夫。


 いつまでも、あなたの帰りを待っているから。


 とても繊細な心を持っているあなたが大好きだよ。


 これからも推してるからね。

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