表ではクール系Vtuberが裏ではギャップ萌えでしかなかった

らまや

第1話 甘々

「それではこれで配信終わります。チャンネル登録と高評価、コメント待ってます。次の配信も楽しみにしててね。またね」


 そう言って、彼──紫吹しぶきルカの配信が終了した。


 彼の配信を見るようになってから1ヶ月。私、池上青羽いけがみあおばはすっかり彼の虜になってしまった。


 紫吹ルカという男は、クール系Vtuberとして活動しており、週に2回ほど配信を行っている。月に1本ゲーム動画も投稿しているが、再生回数はどれも数百回とそこそこである。登録者は1000人弱。Vtuber界隈はそこまで詳しくないため、彼がどれほど知名度があるのかはわからない。しかし、彼の配信だけは視聴者数が多く、おそらく人気がある。


 なぜなのか。その理由は、すぐわかる。




「──ぁ。──ぅるか」


 お、始まった。マイクが音を拾いきれず、途切れ途切れに声が聞こえる。


 そう、彼はときどき配信を切り忘れてしまうのだ。毎回ではないが、忘れっぽい性格なのか不注意が続くのか、こうして不定期にオフの姿を晒している。


 今日はどんな彼を見れるのかな。


「んしょっと」


 ボフンッとソファか何かに座り込む音が聞こえた。イケボでクールな彼が、こんな可愛らしい言葉を使うなんて。ギャップすぎる。可愛い。


 しかし、これだけでは終わらなかった。


「疲れたよぉココちゃーん」


 ……ん?


 え? ココちゃん? 誰それ? 女? ルカくんの家に女がいる?


 私の頭の中がグルグル回っている。まだ配信を聞いているリスナーも混乱しているようで、コメントが急速に流れ出した。


──ココちゃんって誰!?


──めっちゃ甘々な声出してるじゃん


──どうsペットとkだよぜったi


──動揺してコメント打ててないやつ多いw


 しかし、当本人は全く気付く様子もなく、ずっと喋っている。


「今日の配信いい感じだった? そっかあ、ココちゃん優しいねえ。なでなでしてあげる」


 デレデレな様子なのが、声だけでもわかる。くぅ、私もなでなでされたい。


「ん、ご飯食べたいの? もうちょっと待っててねえ。その前に、俺といつものアレ、やろうよ」


──いつものアレって何!?


──まさかなんかのプレイ?


──ああああああルカくんンンンン


──いいぞもっとやれ


 コメントの流れるスピードが、さっきよりもっと速くなった。私も頭を抱えながら聞いている。


「んっ、そこ触るなって。くすぐったいだろ。こら、やめなさいって」


 ココちゃん!? どこを触っているのあなた!?


「ははは、もう可愛いなココちゃんは。しょうがないな、ほら、するよ?」


──何が始まるのおおお


──ゴクリ


──いやああルカくんんん


 コメント数がえぐいことになっている。同接数も、本配信の時の2倍ほどに増えている。気づいてくれ、ルカくん。


「あ、そっちはダメだ! こら、逃げるな」


 ドタドタと走り回る音が聞こえる。ココちゃんを追いかけているのだろうか。


「捕まえた。もう逃さないからな」


──そこだけイケボになるのやめてw


──追いかけっこしてるの可愛いなあ


──ルカくん…


 突然のイケボに、私の耳がやられた。心臓に悪いねこの声は。罪が重すぎる。


「ん、仲直りしたいのか? しょうがないなあ。じゃあ」


──何をお願いするんだ?


──急に甘い声になった


──優しい声聞かせないでよルカくん


「吸わせて? いい?」


──あああああ


──神展開きたあああ


──wwwwwwww


 思わず台パンしてしまった。ルカくん、あなたは一体何を吸うんだい? 想像膨らませちゃうよ? ん?


「じゃあ、いくよ? ──っ」


 何か吸っている音が聞こえる。でもそれは、私が想像していたものとは違った。


「……ニャー」


──???


──ネコの声?


──なんの音?


「はあぁぁぁ、やばいココちゃんの吸い心地最高。猫吸いっていいよなあ」


 猫吸い。ねこすい。ネコスイ。nekosui。


 あー、なるほど。


──ココちゃん猫かよww


──ルカくん信じてたよ!


──マジで直前まで女かと思ってたww


 コメント欄のリスナーも安心している。もう本当に心臓に悪いな、この男。


「ん? ココちゃんパソコンの方見てどうしたの? 気になる? ……え」


 おっと、ここでルカ選手、配信の切り忘れに気づいたのか?


「やっっっべ! え、ちょ、待って、え!?」


──やっと気づいたかww


──ルカくんおかえり〜


──ココちゃんと楽しめた?w


「うわあああ最悪! みんなごめん! 今日のことは忘れて! また次の配信で! バイバイ!」


 こうして、紫吹ルカの配信はようやく幕を閉じた。


 知り合いのリスナー情報によると、今日みたいなギャップ萌え配信は、以前からずっと続いているようだ。このギャップ萌え配信がバズった結果、彼の配信が人気となったらしい。もちろん、きちんと配信を終了できている日もあるが、「クールなルカくんもいいよね」「いつでもギャップ感じられるように毎回見にきてる」と、肯定的で温かいリスナーばかりで嬉しい。


 ところで、なぜ配信の切り忘れが何度も続いてしまうのか。彼は学習していないのか。週2回しか配信していないから記憶から消えているのか。ギャップ萌え配信はもはや作戦の一つなのか。真相は闇の中に。




 後日。彼の配信が始まった。


「皆さんこんばんは。クール系Vtuberの紫吹ルカです。今日も来てくれてありがとう」


──ココちゃんは元気?


「……えっと、今コメントした君、後で校舎裏に来るように。俺と楽しい時間を過ごそうな?」


 あぁ、やっぱり彼を推すのはやめられない。

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