いずれ死ぬまでの物語

いちのせかえで

最終話:砂浜

 ふとしたおもきで、にたいと思ってうみかった。

 アスファルトをめる革靴かわぐつのソールの感触かんしょくがいつもよりも素足すあしちかくてくすぐったい。

 れる胸元むなもと絡繰時計からくりとけいとすと、二本ふたつはりしめされている時刻じこく午前ごぜん二時五分にじごふんあまりの馬鹿馬鹿ばかゞしさにゆる口元くちもとてのひらさえつけて、笑声しょうせい喉奥のどおくながむ。

 不思議ふしぎなことに現実的げんじつてきという終末おわり目前もくぜんあらわれ、其処そこあゆみをすすめているとおもうと足取あしどりはかるかった。

 人生じんせいゲームでたとえると、GOALゴールの1マスまえ自分じぶん手番ターンまわってきたときのような気分きぶんだ。

其処そこ御兄おにいさん、お元気げんきですか」

 自分じぶん自分じぶんける。

御覧ごらんになってください。のように元気げんきですとも」

 自答じとうする。だけど勿論もちろん小声こごえつぶやくように。

海浜かいひんみなみにはちいさい灯台とうだいるよ。 いっそ、阿其処あすこからりるのはどうだい」

 友達ともだち揶揄からかうように上唇うわくちびるいて、羽妖精さんがわらう。

なに無粋ぶすいな」

 まゆをへのげて、詩人は擦傷すりきずだらけの弦楽器げんがっきほうげる。

れののようなまずしい舞台ぶたいえら必要ひつようりませんとも。 此処ここから三刻いちじかんあるけば岩肌いわはだ断崖だんがいが在りましたね。ならば其処そこからりましょう。」

 人差ひとさゆびてて、詩人が提案ていあんする。

貴方あなた本気ほんきっしゃっていますのかしら。 どう思案かんがえてもらす灯台とうだいからりたほう綺麗きれいでしょうに」

 みずかけたいかりをあおるように、令嬢騎士がまゆげてわらう。

 生前せいぜんから相変あいかわらず、令嬢騎士は詩人の言動げんどう難癖なんくせけたがる。もっとも、詩人の気障キザ演技えんぎみたな言葉使ことばづかいには僕も何度なんどくちびる内側うちがわしがんだかわかないけれど。

「うん。 きみはどうおもうかな? 聖女様せいじょさま

 夕日ゆうひほかなにうつらない海面かいめん見据みすながら、僕はかつての仲間なかまたずねる。

わたくし立場たちばからもうげるのであれば、わたくしいまでも貴方あなたさま自死じしには反対はんたいいたします」

 こととは裏腹うらはらに、あきらめたように聖女様がはにかみをこぼす。

 「貴方あなたからくもせいりました。 であるのならば、さきにはかぞれないほどの、自由じゆう貴方あなたっているはずでしょう」

 かりっていただろう言葉ことばに、おもわず腰帯ベルトきつめるまってしまう。

「……本当ほんとうに、そうかもしれないのにね」

 聖女様の表情かお直視ちょくしすることが出来できずに、足元あしもと砂粒すなつぶてるように。

 みな最後さいごまでかくとおしたはずの弱音ほんねこぼしてしまって、って口内くちひろがる鉄臭てつくささにれずあかにじんだつばす。

 灰白色しろ砂浜すなはまちたはすぐに夕日ゆうひあかまぎれてえなくなってしまった。

「勇者くんは頑張がんばったよ。 あたしたちよりも、ずっとね」

 羽妖精さんが僕の項垂うなだれたこうべてのひらかさねて、のまま上半身じょうはんしんせた。

 夕日ゆうひはな赤色君光ひかりが。羽妖精さんの胸元むなもとれたほほあたりをやさしくねっする。――でも、鼓動こどうこえない。

 鼓膜こまくらす音色おとはただうみ潮騒しおさいだけで、ほかにはなにも無い。

てんえらばれし勇者よ、きみ間違まちがいなく英雄えいゆうとなった。魔王まおうほろぼした、事実じじついつわりはい」

 詩人はいつのにか、さきほどほうした弦楽器げんがっきひろげ、砂粒すなつぶ半身はんしんよごしたれを夕日ゆうひかかげておおげさにわらった。

 はたかられば自己じぶんに陶酔してよっているようにしかえないが、詩人なりのはげましだとかってします。

「……そうでしょう。 そうでしょうとも」

 眉間みけんきざまれたふかしわばすように、親指おやゆび中指なかゆびととのったかおでながら令嬢騎士がくちひらく。

わたしたちはただ死人しにんですもの。 貴方あなたちがって、なにかをえら自由じゆうりません」

 かつてのたび何度なんどたように、令嬢騎士は僕をさとすようにかたりかける。

「ですから……だからこそ、きにえらべばいじゃない。 にたがりの勇者様」

 何度なんどた。

 何度なんどた、記憶きおくなか彼女かのじょ説教せっきょうえたあと笑顔えがおが、夕日ゆうひけていった。

「……きみはどうおもうかな」

 わるあがきのように自問自答じもんじとうつづけると、かたわらにまた一人ひとりうしなったはずの仲間なかまあらわれた。

「……おれとて意見いけんわらん。 きにしろ」

 土埃つちほこりよごれたくろ外套ローブつつんだ魔法使いのひとみが、僕の視線しせん交差こうさするやいなや、すぐにかれかおそむけてしまった。

相変あいかわらず冷淡ドライだね」

 何時いつかとおなじように、軽口かるくちたたいてみる。

「……おれ道半みちなかばでてた――なにも、資格しかくいだろう」

 記憶いつもどおりの単調たんちょうこえ。でもどこか、僕のらないかれやさしさがにじんでいた。

「そっか……、そうだよね」

 自分じぶん納得なっとくさせるようにつよまぶたじて。

 もう一度いちどひらいたときには僕の仲間なかまたちはえてしまっていた。



 それから六刻にじかんくらいうみながめていた。

 夕日ゆうひはとっくにしずんでしまって、あんなにあおかったうみすこはなれた灯台とうだいひかり弱弱よわゞしく反射はんしゃしているだけだ。

「……うん」

 つぶいて。

 砂浜すなはまろしていたこしげる。

 さきほどつよめすぎたせいで腰帯ベルト周囲しゅういがキリキリといたみをうったえる。

 それがなんだか可笑おかしくて。

 あのとき魔王まおうろした大剣たいけんえぐった左肩ひだりかたいまだに感覚かんかくすらいとうのに。

「羽妖精ちゃん」

 僕は彼女かのじょ最期さいごまでけていた指輪ゆびわを、自由じゆうかない左手ひだりて小指こゆびとおす。

 でも、上手うまはまらなくて、結局けっきょく指輪ゆびわ口元くちもとはこんでんだ。

「詩人さん」

 かれ事有ことあごとらしていた弦楽器げんがっきに、ひもとおして背負せおった。

「令嬢騎士さん」

 彼女かのじょ愛用あいようしていた騎士刀サーベル腰帯ベルトした。

 そのまま脚絆ズボンのポケットをあさって、彼女かのじょ愛馬あいばたてがみっていたリボンをして、騎士刀サーベルつかかたむすんだ。

「聖女様」

 彼女かのじょ大切たいせつにぎりしめていたあか宝石ほうせき胸飾ネックレスくびけた。

「魔法使い」

 かれ武器ぶき鉄杖てつじょう騎士刀サーベルとは反対側はんたいがわ腰帯ベルトした。

 これでしと、うっかりくちからいた言葉ことば馬鹿馬鹿ばかゞしくて、わらった。

「それじゃあ、みなさん、さようなら」

 海水しおみずれたすなめて、僕は大海原おおうなばらあずけた。



 ―—おもっていたよりも、うみあたたかくて。

 ―—水中すいちゅう耳鳴みみなりのなか、聖女様の嗚咽こえこえたがした。

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いずれ死ぬまでの物語 いちのせかえで @kaede04211

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