第14話
入隊試験の終了を告げたカーリアは、盛り上がる合格者たちを傍目に隊舎へ戻った。
山の麓に建てられた軍の隊舎は、本来なら新米たちが寝泊まりする場所であり、本日受験生たちが登った山は新米たちの訓練によく使われている。つまり今日の試験は新米の訓練を模したものであり、これに耐えられない者が軍に入隊できないのは当然と言えた。
隊舎の中では黙々とデスクワークをこなしている部下たちがいた。入隊試験の実施も簡単ではない。これから合格者、不合格者ともに煩雑な手続きを済ませる必要があり、その仕事量を考えると頭が痛くなる。
だが、今のカーリアにはそんなことどうでもよかった。
部下の一人がカーリアの来訪に気づき、直立して挨拶する。
「カーリア少佐、お疲れ様で――」
「――受験生の名簿を寄越せ!」
カーリアの叫びが隊舎に響き、部下たちを凍り付かせた。
激昂しているわけではない。だが、尋常ではないほど興奮している様子のカーリアに、部下たちは激しく困惑した。
「早く!!」
有無を言わせぬカーリアの迫力に、部下の一人が慌てて名簿を渡した。
カーリアは名簿を受け取った後、すぐに二階の執務室に入り、貪るように名簿を読み進めた。
名前。名前だけは確認している。傍にいた少年少女たちが呼んでいる名を盗み聞きした。
カーリアは爛々とした目で名簿を調べ――発見する。
「アイル=レイカー………………貴様だな………………っ!!」
カーリアは興奮のあまり腹を空かせた肉食獣の如き笑みを浮かべた。
試験終了の直前、カーリアは見た。あの異様な鳥を。
あれは魔法か? それとも魔法以外の何かか? いずれにせよ、信じられないほど莫大な力の塊であることだけは肌で感じた。それは敵軍の将よりも、国を滅ぼした魔物よりも、カーリアの全身に畏怖の感情を走らせた。
「あの力の正体は分からない。分からないが……有益だ。なんとしても、軍に入れねばならない……っ!!」
国を憂う軍人としての本能が、アイルという少年を欲した。
運命だと思った。この少年が今日、入隊試験を受け、カーリアの目の前に現れたのは天啓に感じた。誰かがカーリアの耳に囁き続ける。お前の使命はこの少年を軍に入れることだ。この少年に国を背負わせるべきだ。そう囁き続ける。
「申し訳ないが、それは諦めてもらおう」
背後から聞こえた唐突な声に、カーリアは反射的に振り返って剣を抜いた。
刹那、目を見開く。冷静に考えれば軍の隊舎に賊が足を踏み入れるはずはなく、しかも声は扉の方から聞こえたのだ。玄関から正々堂々と来訪した目の前の人物は潔白を証明されているが、それでもカーリアが驚愕したのは、彼がこんなところにいるはずがないという常識を持っていたからだった。
「……何故、こちらにおられるのですか。塔の騎士よ」
「大した用事ではない。忠告をしに来ただけだ」
塔の騎士。
王都で生きる者ならば誰もが知っている、竜殺しの塔を生み出した男。
その昔、王都を滅ぼさんとする竜を串刺しにした英雄。今では近衛騎士団の副隊長という大役を務める時代の寵児。そんな男が、何故、こんなところにいる。
「アイル=レイカーから手を引いてもらおう。彼を強引に囲むような真似をすれば、私が許さない。……彼が軍に入るとしたら、それは彼自身がそう決めた場合だけだ」
騎士は淡々と、事務的に告げる。
だがカーリアは知っていた。逆らえば次の瞬間には己の首が刎ねていることを。
それほどの絶対的な実力がこの男にはある。
だが、今ばかりは恐怖よりも疑問が勝った。
「どういう、ことですか……?」
震えた声でカーリアは尋ねる。
「何故、貴方ほどの騎士が彼を守ろうとするのです……? 近衛騎士団の副団長である貴方は、王家の護衛に専念せねばならない立場のはず……その職務を放棄してまで、あの少年を守る理由があるのですか……?」
「職務は放棄していない」
騎士は端的に答えた。
職務は放棄していない。つまり、この行動も職務のうち。
ということは――。
「まさか……彼を守るのは、王家のご命令で…………!?」
「私自身の意思でもある」
否定しない――。
自身の意思でもあると言いながら、王家の命令であるという部分は否定しなかった。
アイル=レイカーは、この国の王家が保護している。
何故? 何のために? いつから? カーリアの脳内で夥しいほどの疑問が渦巻く。
「……教えてください。彼は、何者なのですか?」
「それは答えられない」
塔の騎士は、スッと目を細めた。
「断っておくが、自力で調べるのは不可能だと考えてくれていい。彼のことを知る者はこの国でも極一部だ。彼の家族と、私と、イシリス教の教皇と、王家。……全員、死んでも口を割らないだろう。彼を守るために」
なんだその錚々たる顔ぶれは――。
カーリアは察した。これは王国の最高機密なのだ。でなければ、そのような面々が関わるはずもない。
ここにきて、ようやくカーリアは恐怖した。
自分が触れようとしていたものの巨大さに……真相という扉の前に立ち塞がる番人たちの顔ぶれに。
関わってはならない。
耳元の囁きは、いつしか警鐘を乱打している。
「恐れる必要はない。いずれ世界は彼を知るだろう。私たちはただその時を待てばいい」
騎士はカーリアを真っ直ぐ見据えた。
「だが、耳に刻むといい。……アイル=レイカーの道を妨げる者は、塔の騎士ノイスが制裁を下す」
騎士は踵を返し、執務室を出ようとした。
その背中に、カーリアはか細い声をかける。
「……一つだけ、教えてください」
立ち止まる騎士に、カーリアは訊いた。
「ノイス殿。貴方にとって、あの少年は何なのですか……?」
「……私にとって、彼は導きだ」
騎士はどこか誇らしげに答えた。
その姿は、尊き精神で主君を守ろうとする、実に騎士らしいものだった。
「いつか、全てを返すために……私は彼を守り続ける」
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