第13話


「ただ今をもって、試験を終了する!!」


 女軍人カーリアの大きな声が響いた。

 空は暗い。先程、夕陽が沈みきってこの国は夜空に包まれた。

 今年度のローレンス王国軍の入隊試験は、今、終了した。


「この場にいない受験生は残念ながら不合格になる。そして――おめでとう。ここにいる諸君は、これから軍の一員となる!!」


 カーリアの鋭い眼光が、受験生たちを照らす。


「よくぞ厳しい試験を乗り越えた! 諸君には才能がある!! 並大抵の者が挫ける困難を、諸君は鍛えた心身で乗り越えてみせたのだ! その力、どうかこれからは国のために使ってほしい!!」


「うおーーーーーーーっ!!」


「よっしゃーーーーーーーっ!!」


 試験に合格した受験生たちが歓喜の声を上げた。

 実際、試験は難しかった。だからこその嬉しい誤算である。試験を乗り越えた受験生たちには、並々ならぬ自信が芽生えていた。この力で国のために粉骨砕身してみせると、多くの者たちが心の底から誓い、興奮した。


「胴上げだーーーー!!」


「うおーーーーー! って、あぁ!? てめぇ、あの時の貧乏臭ぇガキじゃねぇか!!」


「合格したのか!? やるじゃねぇか!! お前も来い!!」


「てめぇらーーーー!! このガキを空までぶっ飛ばせーーーーーーー!!」


 羽目を外す受験生たちを、カーリアは黙認した。

 むさ苦しい男たちが、近くにいる者を片っ端から胴上げする。


「助けてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 建物の三階くらいの高さまで胴上げされたアイルが、悲鳴を上げた。

 そんなアイルを、ルウとクララは少し離れた位置で眺める。


「……なあ、なんで訊かないんだよ?」


 ルウは胴上げされているアイルを見ながらクララに訊いた。


「あんな魔法を使えるなら、なんで最初から使わなかったんだって」


 アイルが生み出した巨大な鳥は、ルウたちをこの場に送り届けた後、光の粒子になって消えた。その光景を見た他の受験生たちは騒然としていたが、恐らく魔法に詳しい者が少ないのだろう、今は試験に合格した喜びに掻き消されている。


 あれがどのような魔法なのかは分からない。

 だが、アイルは今も叫び声が出せるくらいには元気で、体力が尽きた様子もない。

 消耗が激しいなどのリスクがないなら、出し渋る必要もなかったはずだ。……だったら、もっと早くあの鳥を出してもよかったのではないか?


「……お忍びに決まってるでしょ」


 クララは、喧騒に掻き消されそうなくらい小さな声で言った。


「多分、凄い人なのよ。アンタもそう思うから黙っているんでしょ?」


「まあ、そうかもしれないとは思ってるけど……」


 アイルは、正体を明かせないほどの偉人なのだろうか?

 その可能性はゼロではないが……。


「……妙なんだよな。あいつ、実家は農民だって言ってたし。それにあいつが住んでいた辺りに、魔法使いがいたっていう噂は聞いたことねぇ」


 ルウは馬車でアイルと会った時のことを思い出した。あの付近にアイルの家があると見ていいだろう。あの辺りは本当に何もない閑散とした土地だ。高名な魔法使いがいた話も聞かない。


 怪訝な顔をしたクララは、意を決したかのように杖を取り出した。

 杖の先端に魔法のレンズが現れる。クララはそのレンズを通してアイルを見た。


「何してんだ?」


「魔法使いの技量は、魔力の量で大体分かるの。……これはそれを計る魔法よ」


 魔法使いであるクララですら、アイルの力は理解不能だったらしい。

 果たして、アイルはどれほどの力量なのか。


「……え?」


 レンズを覗いたクララは、驚きのあまり目を見開いた。


「どういうこと……?」


「おい、早く教えろって。気になるだろ」


 アイルはどれほどの魔法使いなのか。

 説明を急かすルウに、クララは唇を震わせる。


「あいつ……………………魔力がない」


 分析の結果を聞いて、ルウも目を見開いた。

 魔力がない? どういうことだ――そんな人間は聞いたことがない。この世界に存在する全ての人間には魔力が備わっており、その量が一定を越える者は魔法使いと呼ばれている。逆に言えば、たとえ魔法使いでなくても必ず微量の魔力は宿しているはずだ。


 理解不能――。

 クララの魔法によって、アイルという少年の謎はますます深まった。


 ただ……一つだけ、はっきりと分かることがある。

 魔法とは、体内の魔力を消費することで発動できる神秘だ。

 だがアイルにはその魔力がない。


 つまり、アイルが生み出した大きな鳥は――――――魔法ではない。

 何か、だ。


「あは……っ」


 湧き上がる感情に我慢できず、クララは笑った。

 アイルが生み出した鳥も、アイルという存在そのものも……意味が分からない。


「あははははははははははっ!!」


 激しく笑うクララを不自然に思う者は、ルウを除いて誰もいなかった。この少女も試験に合格した喜びを噛み締めているのだろう、皆そう思った。


 クララは笑い続ける。だって、こんなに面白い話があるだろうか? 自分が今まで信じていた常識が、こうも容易く覆されるなんて。じゃあ今まで自分が信じていたものは何だったのか。これまで自分に常識を教えてくれた全ての人間が間違えていたとでもいうのか?


 ああ……自分は今まで、なんて狭い世界で生きてきたのだろう。


 この世界は面倒臭いしがらみだらけだと思っていた。

 でも――知らないじゃないか。

 私は全然、この世界のことを知らないじゃないか!!


「……ねえ。アイルってさ、軍には入らないんでしょ?」


 笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭いながら、クララは訊く。


「まだ悩んでるかもしれねぇが……多分、そうだろうな」


 胴上げが終わり、吐きそうな顔になっているアイルを見ながらルウは答えた。

 今回の試験でアイルは少なからず軍に興味を持ったとは思うが、惹かれているようには見えなかった。多分、アイルは他の道に進むとルウは思う。


「私も軍に入るのやめるわ」


「は? ……はぁ!? なんだよ、急に!?」


 あまりにも唐突な決断に、ルウは声を荒げた。

 だが、クララの瞳は澄んだ光を灯していた。

 その瞳は――確かな希望を見据えていた。


「私、あいつについて行くから!!」




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