デミゴッドの導き

サケ/坂石遊作

第1話


 誰だって子供の頃は無敵だけれど、特に自分の場合はそうだったなとアイルは思った。


「すごい! 人が、たくさん!!」


「アイル、よく見えるか? これが英雄様の凱旋だ」


 ぼんやりと覚えている、五歳だった頃の記憶。

 王国の片田舎で農民として過ごす父は、この日、旧友と久々に会うべく王都を訪れていた。出世はしたが独身から抜け出せない旧友に、父は息子を見せて結婚の素晴らしさを語りたかったのか、まだ幼いアイルを連れて行くことにした。


 その途中で、凱旋は始まった。

 長らく王国を脅かしていた魔物を、一人の英雄が討ち取ったらしい。王都の人々は英雄を一目見ようと外に出て、街は地響きがするほどの賑わいで満ちていた。


 アイルは、父に肩車してもらって凱旋の様子を見ていた。

 先頭に立つ男こそが、魔物を討ち取った英雄。

 その雄々しい面構えは、英雄に相応しい歴戦の猛者そのものだったが――――。


「ねえ、パパ」


「どうした、アイル?」


「なんで、えいゆーさまは悲しそうなの?」


 王都の住民たちは、英雄の帰還に舞い上がっていた。

 だがよく見れば英雄はどこか悲しそうな顔をしていて、更に目を凝らせば、聴衆たちの中にも涙を流して落ち込む者がいた。明らかに歓喜の涙ではない。


「それは……帰って来られなかった人たちがいるからだ。戦いで死んでしまった人がいるんだよ」


「えいゆーさまがいるのに?」


「英雄様にもできないことはあるさ」


 父は虚しい微笑みを浮かべて言った。


「みんなが悲しまないようにはできないの?」


「それはなかなか難しいな。……それこそ、神様でもないと不可能かもしれない」


 そんな父の言葉を聞いた直後だった。

 幼くて、世間を知らないアイルは、一瞬で妙案を思いついた気分になってしまう。


「じゃあ、僕がなる!!」


 父の肩に乗りながら、アイルは宣言した。


「僕が神様になる!!」


 周りにいた聴衆たちが一斉に振り向いた。

 彼らのぎょっとした顔を見ても、幼いアイルはその表情の意味が理解できなかった。ただ父は理解できたのだろう。父はアイルを肩車したまま慌てて人混みから抜け出し、逃げるように路地裏まで走った。


 父は路地裏でアイルを肩から降ろした。

 石畳に両足をつけたアイルの目を、父は真っ直ぐ見つめた。


「アイル、これからは人前でああいうことを言っちゃ駄目だぞ」


「どうして?」


 アイルは首を傾げた。

 すると父は困ったように笑い、それから――視線を路地裏の外に向けた。


 王都をぐるりと囲む城塞。その向こう側に、巨大な塔が屹立していた。

 背の低いアイルからはその塔が城壁に阻まれて見えない。だが父は、確かにその塔を一瞥して……静かに告げた。


「……アイルなら、本当になれるかもしれないからだよ」


 その言葉の意味を。

 アイルは今も、知らないでいる――――。



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