22.七星祭
肌に張り付く様な不快な湿気に目を覚まされ、部屋に置かれた古びた時計を見ると時刻は17時をさしていた。支度を手短に済ませ、新鮮な空気を肺に取り込む為に外に出ると.空には灰色の分厚い雲が広がっている。
雨に降られないことを心の中でお願いすると、出発の時刻はまで少し時間があった為軽く宿の近くを散歩する事にした。
30分ほどぶらぶらした後 宿の前までやってくるとレオンさん達とヴァイトが揃って話をしている。
「ひと雨来そうだな」
「予定より少し早いがすぐに出発するか」
「そうだな、俺達はこのままポンガに向かうから一旦ここでお別れだ」
「無理言って悪かったなレオン、この借りは今度返す」
「期待しとくよ。気をつけて帰れよ」
「お前もな、そういえば昨日小耳に挟んだんだが、ポンガの方で最近盗賊集団が現れたらしく治安が少し悪化しているらしい。まあお前の事だから大丈夫だと思うが気をつけろよ」
「了解、一様細心の注意を払って行動する。じゃあな」
馬を引き連れ大通りに向かう
「2人ともバイバイ!」
笑顔で手を振りながら歩いて行くエドワード君に手を振り返し姿が見えなくなるまで見送ると、レオンさん達とは反対側の門に向かい街を離れた。
案の定森に入る頃雨が降り出し、時間と共に雨足も増していく。
しかし、幸いな事にナイトホースはぬかるんだ地面であっても関係なく疾走していき。行きと殆ど同じ時間で村に着くことが出来た。
「こんなに降るとは思わなかった。それにしてもレオンさん達は大丈夫だろうか」
厩舎に馬を返して、お礼のご飯をあげいると2人のことが頭によぎる。
「この程度の雨だったら何の問題もなく今頃ポンガについてる筈だ、それよりさっさと家に戻って着替えるぞ」
濡れた服を嫌がるヴァイトに急かされ家に帰った。
翌日からはいつも通り修行と狩りを行なっているとあっという間に時間は過ぎ7月6日になる。
今日はいつもより少しだけ時間をかけて準備を行い、この前の様にヴァイトと共に村の入り口に向かうといつもより少し大人びた雰囲気のルルが待っていた。
「ごめん、待たせた」
「私が早く着きすぎちゃっただけだから気にしないで、それより今日楽しもうね」
「ああ楽しもう!それじゃあ早速出かけるか」
雑談しながら厩舎に向かう。
「そういえば最近レオンさん達見てないけど大丈夫かな?」
ルルが少し不安そうに尋ねる。
「一週間前に話した時には5日ぐらいで戻るって言ってたけど何かあったのかも」
「おいおい、これから楽しいお祭りなのにいらんこと考えんな。どうせエドワードとかが初めて見る大都市に興奮して帰りたくないとか言い出して遅れてんだろ」
「レオンさんはなんだかんだで子供に弱いからあり得るな」
「確かに、レオンさんがエドワード君のお願いを渋々承諾してる絵が想像出来ちゃった」
レオンさんは子供に弱いと言う共通認識のもとエドワード君に振り回されてるところを思い浮かべて3人で笑い合う。
そうこうしているうちに厩舎に着き、この前街まで連れて行ってくれたナイトホースのポロを一頭引き連れ外に出た。
幸い天気は雲一つない快晴に恵まれ、日が落ちた事で気持ちの良い気温となった森の中を3人を乗せたポロが駆け抜けて行く。
前回と同じく4時間ほど走っていると森を抜け草原を越えた先に城壁が見えてくる。
しかし、前回より遥かに明るい光を街が放っており、近づくと楽しそうな音楽などが耳に届き、お祭りの盛り上がりを感じさせる。
お祭り当日と言うこともあり、検問の列はごった返していたが、以外にもすんなり中に入ることが出来た。
「……すごいな」
「すごくきれい…」
街の中は数え切れないほどの提灯の形をした魔道具が吊るされていて、街全体を温かみのあるオレンジ色の光が優しく彩っている。
その下には幾つもの屋台が大通りに沿って営業していて、人々が所狭しと歩き回り街中に活気が溢れていた。
「昔本で読んでから頭の中では何度も想像してきたけど、本物の方が断然綺麗!もっとあっち行ってみよ!」
目を少女の様に輝かせ、珍しくはしゃぐルルに手を引かれ人混みの中へと入って行く。
「それじゃあ俺はこいつを前の宿に預けてどっか適当にぶらぶらしてるから、後は2人で楽しんでくれ」
ヴァイトは一言言い残すと宿の方に消えて行った。
初めて七星祭は夢の様だった。
幻想的な街並みに美味しそうな匂いを漂わせる料理、信じられない色をしたジュース、見たこともない魔道具を使った面白そうな遊戯、どこか可愛らしい見た目の仮面などが至る所に目を引くお店や仕掛けが散りばめられており、まだ大通りの序盤であったが既に祭りに夢中になり、現実である事を忘れてしまう。
ふと横に視線を移すと先程買った串料理を片手に持ったルルも同じ様に夢見心地で楽しんでいた。
「アルくん見てみて!あっちご飯も美味しそう!ああでもこっちも捨て切れないな…」
1人葛藤するルルを見ているとつい笑ってしまう。
するとそんな俺を見てルルも満面の笑みを覗かせる。
「アルくん楽しいね!」
「ああ、楽しすぎて夢なんじゃないかって疑っちゃうよ」
一瞬全てのしがらみを忘れてこの時が一生続いて欲しいと思ってしまうほどにお祭りの時間は俺に幸福を与えてくれる。
その後はルルに手を引かれ幾つかのお店を見る終わると今度は2人で少し離れた大通りが見渡せる静かな丘の上に移動した。
時刻が12時を過ぎ7月7日にかわる。
すると突然街中の光が消え、街が暗闇に落ちる。
視線を上に向けると快晴の夜空には一面に星が散りばめられていて、その星々の前を一際美しく輝く七つの流星が一列に手を繋ぎゆっくりと通って行く。
進みゆく流星はその時その時で放つ色を変え夜空を七色に彩る。
僅かに7分の現象であったが決して忘れることの出来ない光景として網膜に焼き付き、2人とも見終わってもなお声を発することも動くことも出来ずにいた。
しばらくすると時を思い出したかの様に街が光で色づき出し、ようやく2人とも神秘的な金縛りから解放される。
「私も母親を亡くしているんだ」
夜空を見上げながら静かに言葉が吐き出される。
「顔も思い出せないくらい小さい時の事だったから、覚えてることも殆どないんだけどね」
何か声をかけようにもこの場に適切な言葉が浮かんでくる事はなく、ただただ相槌を打ちルルの話の続きを待つ。
「だけど唯一母との思い出で覚えてた光景があって、それが七星祭だったんだ。まだ2歳の時だったから詳細に覚えてたわけじゃないんだけど、幼いながら夜空を彩る星々を綺麗だなって思ったの。母の顔も覚えてないのに星だけは覚えてるなんて不思議だよね。でもね今日の星々を見て母となんだか出会えた気がした。そしたら改めて母との思い出がこの綺麗な光景で良かったと思えた」
ルルが儚げに微笑む。
「今日は母との思い出の場所に一緒に来てくれてありがとね、って辛気臭い話してごめん、またお祭りに戻って楽しもうね」
「また来よう」
「え…?」
丘を下ろうとしていたルルが振り向く。
「7年後になるかもしれないけど次もその次もにお母さんに会いにここに来よう。その時は俺が命にかえてもルルをここまで送り届ける」
「ありがとう!でも命は大切だから2人で見ようね!」
「分かった。それとこれ…」
綺麗に放送された小箱を手渡す。
「改めて誕生日おめでとう」
目を見開き口元に手を当て、驚いた様子で受け取ると丁寧に開封し、ブローチがルルの前に現れる。
「ルルに似合うと思って買ったんだけど、どうかな…」
「すごく綺麗!本当にこんなに素敵なもの貰っても良いの?」
「もちろん!気に入ってもらえたならなにより」
慎重にブローチを取り出し丁寧につけてこちらを向き直す。
「似合ってるかな?」
上目遣いで少し不安そうに尋ねてくる。
「うん、凄く似合ってる」
「やった!一生の宝物にするね」
この日1番の満面の笑みが向けられる。
ルルの笑顔は七星祭の綺麗な街並みよりも、七色に輝く七つの流星よりも、美しくアルの脳裏に焼きついた。
お祭りに来た時より上機嫌になったルルに再び手を引かれ、2人は大通りを流れる人波に飲まれて行った。
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