5.戦闘


 ヴァイトの暮らす村を目指し洞窟を出ると辺りは真っ暗だった。

 しかし、深夜の森であるにも関わらずヴァイトはまるでものともせず、すいすい進んでいく。

 この4ヶ月で森を進む事には慣れてきてつもりだったが、狩ってきた魔獣の肉を入れた大袋を担ぎながらでもお構いなしにすいすい進むヴァイトのそれを見ると自分はまだまだである事を思い知らさせる。

 

 2時間ほど進んだ時ヴァイトが突然立ち止まった。

「魔獣に出会わない様に進んできたが流石に完全に遭遇しないのは無理か」

 そう言うと、おおよそ10m左前方の木の上からBランクの魔獣キングブラックマンバが現れた。

 キングブラックマンバは全長5mをほこる蛇型の魔獣で、全身が黒い鎧のような鱗で覆われており、暗闇であっても舌先に付いている温度センサーで常に敵を捕捉出来る為この様に夜でも獲物を追いかけ襲いかかってくる厄介な魔獣である。

 そしてその身体の大きさからは想像できないスピードを持ち合わせ、尻尾を鞭のようにしならせて叩きつける攻撃や巻き付いて獲物を締め上げる攻撃は非常に強力である。

 そんな強力なキングブラックマンバであるが奴を最も凶悪たらしめるもの、それは毒である。

 噛まれる事は勿論口から放出することもできるその毒は当てた物をたちまち溶かし、骨までも跡形も消し去ってしまうという。

自分が襲われたフォレストリザードよりさらに強力な魔獣の出現に臨戦体制を取るも、張り詰めた緊張感が漂い背中から汗が噴き出るのが分かる。

 しかし、前にいたヴァイトは担いでいた荷物を地面に置くと武器も持たず飄々とした様子でキングブラックマンバと対峙する。

「まあそう緊張するなアル。さっきはあんな偉そうなこと言ったがまだ俺の戦う姿は見せてなかったな」

「一人で戦うつもりか?!」

「こいつぐらい俺一人で十分だ。アルはそこで師匠勇姿でも見ておけ」

 いつのまにか師匠となったヴァイトにツッコミたい気持ちを抑えつつ、キングブラックマンバを相手にしても余裕綽々なヴァイトの戦闘に興味が湧く。

 

 はじめはこちらの様子を伺っていたキングブラックマンバであったが、ヴァイト達が何も仕掛けてこないことに痺れを切らし大量の毒液を二人に目掛け口から放射する。

 しかし、ヴァイトは動揺することなく魔法を唱える。

「第四界樹木魔法 樹木壁」

 ヴァイトの前方の地面から凄い速度で生えてきた複数の樹木によって毒液を最も簡単に防いでしまう。

自慢の攻撃をいなされた事を不快に思ったキングブラックマンバは威嚇する様にしっぽからカラカラと音をならすと素早く突っ込んできた。

そしてヴァイトに近づくや否や、身体のしなやかさから生み出される複雑な軌道の噛みつきや尻尾での攻撃を矢継ぎ早に繰り出してきた。

 しかし、今度はそれを魔法も使わず体術だけで涼しげな表情のまま捌き切り、苛立ちから大振りになった攻撃の後隙に強烈な蹴りをお見舞いする。

 見事なタイミングで直撃した蹴りはヘビの巨体を5mほど吹き飛ばし木に直撃させた。

「悪いなヘビちゃん、遊んでやってもいいんだが弟子の前で手間取ってる姿見せるわけにはいかないんでね」

 ヴァイトは自らの右の手首に左の鋭い爪を当てると、素早く皮膚を切り裂き、大量の血が吹き出させる。

「な、何やってんだ!ヴァイト」

「まあ見てな、これがヴァンパイヤの戦い方だ」

「血操魔術 五月雨」

 吹き出した血が空中で一瞬止まり細い粒となり、キングブラックマンバの方へ凄まじい速度で飛来して一瞬で相手を蜂の巣にしてしまった。

「凄まじいな…」

 ヴァイトが繰り出した魔法の威力に戦闘中にも関わらず思わず感心してしまう。

「まだ気抜くなよアル、あいつはあれぐらいじゃ死なねぇ」

 すると身体中に無数の穴が空いたキングブラックマンバであったが、ムクっと起き上がりこちらを睨みつけている。

「あいつはなまじ生命力も強いから頭を完全に破壊しない限り今みたいに起き上がって諦めず攻撃してくる」

 するとヴァイト言った通り、ゆっくりと体を起こし、再び臨戦体制に入る。

「血操魔術 創刀」

 しかし今度はヴァイトの方が、目にも止まらぬ速さで距離を詰め寄ると、いつのまにか右手には真っ赤な刀が握られており、そして一閃。

 キングブラックマンバは頭が一刀両断されていた。

全く目で追う事が出来なかったヴァイトの動きに200年前に最凶と恐れられたヴァンパイヤの影を感じた。


 終わってみればあまりにも一方的であったキングブラックマンバとの戦闘は、戦闘呼ぶにはあまりにも一方的であり、もはや狩りだった。


「これでちょっとは俺の実力をわかってくれたか、アル」

 右側の口角を少し吊り上げ自慢げな表情で聞いてくる

「ああ…こんな強力な魔獣がウヨウヨいる森で生活できてる時点で強いとは思っていたが想像以上だった。

 その自慢げな表情は憎たらしいけどな」

 「ハハッそれならよかった。他の魔獣が来る前にとっとと解体するか」

 先ほど頭を切った時に使っていた刃渡1mほどの血で作られた刀を15cm程の短刀に変えて黒色の鱗で覆われたキングブラックマンバの皮をサクサク剥ぎ取り解体していく。

 大袋に詰める作業を頼まれてヴァイト解体を見守っていると、あまりに簡単そうに作業を進めていく姿に一瞬鱗はそんなに硬くないのかという考えがアルの頭をよぎる。

 しかし、綺麗に剥ぎ取られた鱗付きの皮を持ってみると軽いながらも鎧のように硬い。

 

「それにしてもその刀恐ろしい切れ味だな」

 手を動かしたままヴァイトは答える

「あー、確かに初めて見ると驚くかもな。一見するとただ血を固めて作った刀に見えるが、実際は血液に魔力を大量に混ぜ込んでその魔力で形を固定しつつ表面の部分は高速で循環させてるからな。鉱石だって簡単に切断できる。それでいて普通の刀と違って長さも自由だから使い勝手もいい」

「刀から禍々しいオーラはひしひしと伝わってきたがそこまでの代物だったとは驚いた。血操魔術なんて聞いた事なかったがどうやったら使えるんだ?」

「あ、悪いがこれは教える事は出来ないぞ。と言うか教えられないって言った方が正しいな」

 早速強力な魔法の手がかりが掴めたと思ったが、最も簡単に梯子は落とされた。

「何でだよ、強くて応用も効くなら覚える以外の選択肢ないだろ」

「いや別に意地悪で教えないって言ってるわけじゃねぇよ。これは俺達ヴァンパイアのように無尽蔵に血を体内で精々できる種族で尚且つ、魔力に精通してないと扱えないんだ。まあそんな種族他には無いから実質ヴァンパイア専用ってわけだ」

 スターリングを殺すにあたって武器になり得る情報に内心嬉しくなっていたものの、現実はそう上手くは運んではくれなかった。

「まあそう落ち込むな、血操魔術は教えて上げる事は出来ないがそれ以外の魔法やら剣術、体術なら教えてやれる。正直それだけでも体得すれば十分武器になるはずだ」

表情に出ないようにしてはいたが、こちらが残念がってる事を悟ったのかヴァイトが励ましてくる。

「別に落ち込んでたわけじゃ無い。確かにそれが使えないのは残念だが、キングブラックマンバを仕留める前の動きもからも学ぶ事が多くあることが分かった」

「切り替えが早くていいな」

 話している間に解体を終え持っていた大袋に収納し終え、再び村に向かって歩き出した。

 

 キングブラックマンバと戦闘した場所からさらに1時間ほど歩いた頃ヴァイトが剃りたつ岩山の前に立ち止まった。

 「どうしたまた魔獣がいたか?」

 「いや、到着した」

 「え?日が昇るまで時間が無いんだまた変な冗談ならやめてくれ」

 ここに来るまでに話す中でヴァイトがお調子者のふざけた人物であることが分かり、今回もその類かと思ったが、意外にも真剣な表情をして答える。

「今回は別に冗談じゃない。

 本当にここが俺たちの村だ、まあそこで見とけ」

 真面目なトーンで返答してきたことに少し驚いているとヴァイトが右手を突き出し岩肌に触れ、詠唱を行う。

「第六界隠蔽魔法 帷 解除」

「……!マジかよ…」

 するとそこには縦横5mほどの大きな洞窟への入り口が姿を現した。

突然現れた入り口に驚いている俺を横目にヴァイトは洞窟中に入っていく。

「おいまたすぐ入り口に魔法かけなきゃいけないからさっさとこっちに来い!話はそれからだ」

ヴァイトに急かされ急いで洞窟の中に入ると後ろの入り口が魔力で出来た薄い半透明の膜の様なもので覆われた。

 気になる事は山積みだったがそれを質問する前にヴァイトが話し出す。

「あれは第六界の隠蔽魔法だ。入口だけじゃなくてこの先にある村も含めて全体をドーム場に囲ってるから探索魔法を使っても中の生命反応や魔力は一切感知出来ないようになってる。」

「そんな規模の隠蔽魔法聞いた事ないな」

 「そりゃ俺たちの祖先が編み出して、それ以降は門外不出だったからな」

 先程の血操魔術に引き続き高次元の隠蔽魔法まで見せられた事で改めてヴァンパイヤという種族の魔法のレベルの高さを思い知る。

 洞窟内の道のりは入り組んでいて、明かりも壁に等間隔で置かれた松明しかなく薄暗かった。

 しかし、ヴァイトは深夜の森でも余裕で歩けてたことからこれぐらいの暗さでも全く問題ない様であった。

 魔法についての話をしながら洞窟内を進むこと五分、遂にヴァイトの住む村が現れた。

 

  「ようこそ我が村、ルヴァン村へ」

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