一途もいいがバカをみろ!!!

ぽこちん侍

第1話

 なあ唯さんや。唯さん。

 少し愚痴を聞いてはくれないだろうか。内容はまあ、あの男のことですよ。そうですよ。恋愛相談ですよ。あの一途な真面目野郎のことですよ。

 

 はあ、恋は盲目なんていうけどさあ......。周りまで見えなくなってどうすんだよ。そうはおもいませんか!こんなに可愛い後輩がアプローチしてるというのに、あの男ときたら見えてるのは一人だけ。乙女かってんだ。まあ、そういうところも、そのまあ。


 あーあ、そうですよー。ちんちくりんだよ。セクシーの欠片もないペチャパイ娘ですよだ。爆乳になりたいなあああ。



  〇


 「......はいはい。椎名はかわいいよ」

 椎名三月は一通り毒を吐き、机に上半身を伸ばしている。

 部活動が始るまで――片桐一樹先輩が来るまでが私の仕事だ。


 「唯ちゃあん」

 「うん。先輩が悪いね。最低だ」

 「爆乳になる薬だして」

 「残念だけど私のポケットにはティッシュしかないな」

 可哀想で可愛い椎名にティッシュを渡す。「鼻かみな」




 彼女は一樹先輩のことを一途だと言うが――野郎と言いますが、彼女もまた彼に負けず劣らず一途の乙女ちゃんだ。

 私が知る限り(というか彼等の馴れ初めも遍歴も大体知ってるのだが)、椎名が一樹先輩に出会ったのは中等部の頃だ。雨に濡れた捨て猫に傘を差す先輩に一目惚れしたととか。雨に濡れた先輩を見て、主に透けた筋肉をみて一目惚れしたのだとか。私の記憶では興奮して鼻血を出す椎名の姿が刻まれているが......。まあ、馴れ初めなんて当人も忘れてるだろうし、私しか覚えてないのなら、素敵な記憶に書き換えてやろう。


 それから、先輩と同じ部活に入るなんて暴挙にでていた。なぜ暴挙かというと、うちの学校は複数の部活の所属が許されているため、身体能力の優れた者は色々な部活に勧誘されてしまう。そして、先輩は優れた体力と頼まれたら断れない性格が合わさり、ほぼ全ての運動部に所属していた。万年体育3の椎名にとっては地獄だっただろうに。結局、粘着的な努力により、椎名は先輩からの認知と一般以上の体力を手に入れた。


 高等部に上がり、どういう風の吹き回しか、二人は文学部員となった。それも二人っきりの部活だ。ようやく椎名の努力が実った......と思った矢先。奴が現れたのだ。一樹先輩の思い人――石田琴音先輩。彼女は椎名が築き上げてきたものを全てかっさらっていった。もちろん、これは一樹先輩の一方的な恋なので石田先輩に関しては奴だとか、かっさらうなんて悪役チックな言葉をかけられる言われはない。完全な片思いの被害者だ。


 私が実際に見たのではないが、椎名曰く。

 「太宰で手が触れた」と、ロマンチストの言葉を現代語訳するなら、「図書館で太宰治の作品に手を伸ばしたら、美しい女性と指が触れた」らしい。なかなかに一樹先輩は痛い人なのかもしれない。なにより椎名にとっては理解できても受け入れがたい語訳だったろう(そもそも思い人から恋愛相談されるのはかなりキツい)。


 これが私が知る彼と彼女の馴れ初め。

 世界は人間の配給を間違えている。もし彼が二人いたら、自分の恋に生きる彼と、自分を愛してくれる彼女を幸せにできただろうに。


 さて、そろそろ渦中の彼が来る時間です。

 私はおいとましましょう。

 

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