登場人物紹介と注釈(巻三)
●登場人物紹介
巻三終了時点で死亡している者は、原則として省く。
■
■
項羽:武将。この物語の主人公の一人。
項伯:項羽の叔父、
季布:武将。
英布:武将。元罪人。別名「
韓信:
■劉邦軍
劉邦:
張良:
●注釈
巻三は、作中に引用されている故事が非常に多く、その説明を書いていたら、注釈が思いのほか長くなってしまった。(なんと、7000字もある!)
以下の注釈は、読まなくてもストーリーの把握に支障はない。わずらわしければ、飛ばして次の回に進んでいただいてもかまわない。
もし興味がおありなら、ちょっとした箸休めのコラム感覚で楽しんでくだされば幸いである。
(第十二回)
彼らは武王の主殺しを批判し、
主君への忠義を文字通り命がけで貫き通した彼らのことは、武王の軍師であった太公望さえ「これ義の人なり」と高く評価している。儒教においても聖人とされる。
以上のような逸話を
(第十三回)
「通俗漢楚軍談」において、
始皇帝の生年が紀元前259年。そして作中現在が紀元前207年。始皇帝が生きていたとしても52歳であることから計算すれば、
実は、
以上のようなややこしい状況をふまえたうえで、この作品では、可能な限り「通俗漢楚軍談」の記述を尊重する方針をとった。
(第十四回)
五星が一ヶ所に集合する天文現象について、唐代の天文学者
『易坤霊図曰、王者有至徳之萌、則五星若連珠』
(「易坤霊図」という書物によれば、王者に至上の徳が萌え出づる時、五星が連珠のごとく連なるという)
また、同じ書の注釈に、こうある。
『周将代殷五星聚于房、斉桓将霸五星聚于箕、漢高祖入秦五星聚東井』
(周が
(第十四回)
『色事をやりすぎる。野獣のように欲望のまま暴れる。酒に飲まれる。音楽に没頭しすぎる。高く大きく色鮮やかで豪華な屋敷に住む。これらのうち一つでも当てはまる者は必ず滅びる』
張良が引用したこの言葉は、「
その中の第二の歌で、以下のように歌われている。
『訓有之。内作色荒、外作禽荒、甘酒嗜音、峻宇彫牆。有一于此、未或不亡』
大意は、おおむね本文に記したとおりである。
ただし、ここに大きな問題が存在する。
この「
一方、それ以外にも別系統の「
それから10年ほど経ったある日、
この
それ以来、
説明が長くなってしまったが、ここで本題に戻る。もうお察しかとは思うが、つまり、本文で引用されていた「五子之歌」は、この「偽古文
というわけで、例によって、「通俗漢楚軍談」の記述を尊重してそのまま採用した。なにとぞご理解、ご容赦をいただきたい。
(第十四回)
『
この文章は、現代日本においても特に後半部分が極めて有名だから、耳にしたことがある方も多かろうと思う。出典は「
『孔子曰、「良薬苦於口、而利於病。忠言逆於耳、而利於行」』
良薬と忠言が前後逆になってはいるが、意味はおおむね上記の通りである。
(第十六回)
しかし、「通俗漢楚軍談」「西漢通俗演義」ともにこのような表現になっており、その記述を尊重して記した。飽くまで当時の社会における価値観を反映した台詞であるとして、どうかご理解いただきたい。
(第十六回)
『機は密ならざるときは、すなわち害なる』……「易経・繋辞伝・上」に、以下のように記されている。
『不出戸庭、无咎。
子曰「乱之所生也、則言語以為階。君不密、則失臣。臣不密、則失身。幾事不密、則害成。是以君子慎密而不出也」』
戸庭を出でずんば咎なし。
子曰く、乱の生ずる所は、すなわち言語をもって階をなす。君密ならざれば、すなわち臣を失う。臣密ならざれば、すなわち身を失う。幾事密ならざれば、すなわち害なる。これをもって君子は慎密にして出さざるなり」
(中庭から外に出なければ罪を問われることもない。
孔子は言った。「乱が生じるとき、必ず言葉がきっかけになっている。主君が余計なことを言えば、家臣を失う。家臣が余計なことを言えば、命を失う。機密事項を外に漏らしたら、害が生まれる。だから君子はよく慎み、秘密を守るのである」)
(第十七回)
呉国の
元々は
後年、孫武とともに呉の軍勢を率いて祖国
これが「死者に鞭打つ」の由来である。
また、この行いを批判されたときに反論として述べた「日暮れて道遠し(私の人生は残り少ないから、手段を選んでいられないのだ)」の言葉も、故事成語となっている。
ところが、後に
国の柱であった
(第十七回)
当時、
おそらく
これが「完璧(
その翌年、
(第十七回)
項荘が歌っていた漢詩は、「西漢通俗演義」から引用した。(書き下し文は外清内ダクによる)
「通俗漢楚軍談」にも同じ詩の書き下し文が収録されているが、以下のように、細かいところが微妙に「西漢通俗演義」から改変されている。
『我に
人を照らすこと
鉄を切ること泥を切るが如し
両辺に
諸公子に
いつの日か
『崑崙』は、中国西部にあるとされる伝説上の聖山、
『両辺』は剣の両刃。『霜』は切れ味が鋭いことの比喩としてよく用いられる。
『匣』は剣の
以上を踏まえて日本語訳すると、おおむね以下のようになる。
『私は一振りの宝剣を持っている。
漢詩の形式面を解説すると、韻は
(第十七回)
本編の約340年前の春秋時代、
しかし、荘公が
「春秋左氏伝・襄公二十五年」に曰く、
『申蒯侍漁者。退謂其宰曰「爾以帑免。我將死」
其宰曰「免。是反子之義也」與之皆死。』
(現代語訳)
しかし、
そして
(第十八回)
韓信の歌は、「通俗漢楚軍談」では、次のようになっている。
『飢熊山を下る
石を揭げて蟻を見る
之を呑んで喉に入り
咳嗽して出るを妨げず
危ふいかな 危ふいかな
范老空しく心を費し
張良よく主を識る
今日鴻門を脱して
他年寰宇を鎮せん』
本文では「西漢通俗演義」の原文を引用し、外清内ダクによる書き下し文を添えた。両者に意味上の差異はほとんど無いと思うが、書き下し文のみを読んでも現代日本の読者に意味が取りやすいよう心がけたつもりである。
なお、現代語訳は以下のようになる。
『
石を持ち上げて蟻を見る
それを飲んで
危ないなあ 危ないなあ
張良は自分の
今日、
いつか天下を治めるだろう』
(第十八回)
『主君が食べ物を
『君賜食、必正席先舐之。君賜腥、必熟而薦之。君賜生、必畜之』
(現代語訳)
主君が食べ物を
(第十八回)
威王は、本編より200年以上昔、戦国時代の
「史記・滑稽列伝」によると、王位を継いだ直後の威王は、毎日遊び暮らしてばかりで全く政治を
「国の中に大きな鳥がいます。王の庭に留まり、3年間も鳴かず飛ばず。この鳥は一体なんでしょう?」
もちろんこれは、威王のことを鳥に
しかし威王は、すぐさまこう答えた。
「この鳥、飛ばなければそれまでだが、ひとたび飛べば天まで昇る。鳴かなければそれまでだが、ひと鳴きすれば人を驚かす」
その後、威王は突如としてテキパキと政務に取り組みはじめ、口先だけで能力のない者、
このエピソードが、『鳴かず飛ばず』という慣用句の由来であるという。
本編で引用されていた『照車の珠』にまつわる逸話は、「史記・田敬仲完世家」に、威王二十四年の出来事として記されている。この珠によって照らされる範囲は、「通俗漢楚軍談」では車100乗分とされているが、「史記」での記述は12乗である。
(第十八回)
『
本編の約480年前、文王2年(紀元前688年)のこと。文王は小国の
3人の
しかし
その結果、翌年になって
この故事が『
(第十八回)
『
その旅の途中、
その後、
この
この戦いを契機にして
見ての通り、
ともあれ、本文における引用は「文王を殺すべき時に殺さなかったせいで後悔することになった」程度の意味にとらえていただきたい。
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