第17話 予告状と藤の花
新月が終わると、わたしは髪の毛を黒く染める。
水にぬれるだけですぐに元の色に戻ってしまうのが困りものだけど、普段は忍び装束で髪を隠しているし、カツラを装備することまある。
それで光陽さまのお使いでいろいろなところに顔を出す必要があるため、極力普通の女の子として過ごせるよう心がけている。
「これで、よし……なのね」
おもち丸が得意げに文を取りだす。
「わぁ、ありがとう、おもち丸」
そこには息をのむほど美しい、一糸乱れずな文字がずらりと並ぶ。
文字を書くことができないわたしのために、何か書き物をするときはおもち丸が代わりに書いてくれる。
小さな手を丸めてよくそんな持ち方で筆が握れるものだと目を疑ってしまうけど、驚くほどの早さですらすらとつづられていく文字を眺めているのはとても楽しい。
そして、ついついおもち丸が何者なのかと考えてしまう時間が生まれる。
「なんだか今日もこの前のものと雰囲気が違うけど、なんて書いてあるの?」
読めずとも形が違うため、なんとなく違ってみえるものはわかる。
このくらいきれいな文字が書けたら、気持ちがいいだろうな、などとふと思う。
「もちろん、季節によって挨拶も変えているのね」
「そうなの?」
「季語を入れてみたり、工夫はどうとでもできるのね」
「いや、そこまでしなくても……」
仮にもこれは、予告状だ。
そこまで手の込んだことをしてくれなくてもいいのだ。
「ただ、今からあなたを倒しに行きますって書いてくれれば十分だからね」
倒しに行く相手に気遣いは無用だ。
ただただ、今日も光陽さまの文を月子姫に届けに行く。それが伝われば十分なのだ。
「翡翠、時代遅れなのね」
「え?」
「これからは知恵ある女性たちがどんどん活躍していく時代なのね。あたちも名のある歌人としてもっともっと教養のあるところを見せていきたいのね」
「……か、歌人だったの?」
いろいろと追及したいところは山ほどあったが、今はそれどころではない。
「今日こそ負けられないから、精神統一に入るわ!」
想像を繰り返して、どんな場面でも対応できるように脳内で予行練習をしておくのだ。
この前はどこからともなく出てきた網にまんまとひかかったけど、今日はそうはいかないわよ。
わたしに二度同じ技は通用しない。
しっかりそう認識させてやるんだから。
「じゃあ、この文を届けさせるのね」
一生懸命なにか結んでいると思ったら、今度はどこからともなく藤の花を取り出し、予告状にくくりつけようとしている。
「ねぇ、ちょっと待って。予告状に折り枝なんて必要ないでしょ」
「いつも光陽さまの文に添えられているお花は美しいのね」
「いや、光陽さまのものは恋文で、これは予告状なんだから余計なものは添えなくていいからね」
誰が倒しにやってくる人間から花なんて添えられて喜ぶものか。
倒すと言っても言葉通り勝敗に白黒をつけるだけだ。墓に葬るつもりはない。
「翡翠、どんなときも飾る気持ちを忘れちゃいけないのね」
そう言われてしまうと、何も言い返せなくなってしまう。
だけど、想像しただけで眉間にしわを寄せた隼の嫌そうな顔が思い浮かんで、思わず笑ってしまった。
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