第14話 邪鬼は夜風にのせて
「あ、あの……こ、光さま……さ、さきほどわたしが泣いてしまったことは、つ、月子姫さまには……」
「ははは、言いませんよ」
「隼に知られるのが嫌ですか?」
「ぜっ、絶対に嫌です……」
他人のことなど興味はないだろうから言葉にはしないだろうけど、それでもほんの少しでも忍び失格だなんて思われたくなかった。
いや、任務をまともに遂行できていない時点で一人前の忍びとは言えないのは確かではあるが。
「まぁ、大丈夫ですよ。光陽さまの文さえ渡ることもありませんし、わたしから月子姫になにかお伝えができる機会などないに等しいのですから」
「うっ……それはそれで耳が痛いです」
ははっ、と光さまは笑う。
光さまもわたしが彼の正体に気づいていることを知っているのだと思う。
それでも何も言ってこず、光さまとして変わらず接してくれるため、わたしも何も知らないように過ごすことを決めていた。
「ようやく、雲が晴れてきましたね」
妖鬼と戦ったあとは、おもち丸が戻ってくるのを待ち、並んで歩いて戻ることがほとんどだった。
光陽さまの予知があの場所だったとしても油断はできないと念には念を入れて歩いて帰るようにしていたが、夜風に当たることは淀んだ心を浄化してくれるように気持ちがよくて、あまりに悪天候でない限りはこうして自分の足で一歩一歩歩くことが増えた。
「隼には好きだと伝えないんですか?」
思わず転びそうになった。
「えっ? なっ……なにを……」
「想いを寄せていることは見ていたらわかります」
にーっこりと有無を言わせぬ笑顔を向けられると逃げられる気がしない。
「関係性を変えたいとは思っていません」
こうして人は尋問に答えていくのだろうとつくづく思う。
「幼い頃から背中を見てきて、憧れているのは確かです。ですが、わたしはくノ一。感情を第一には動けません。それに……」
言いかけて、あの切れ長の瞳がこちらに視線を向けたことを思い出し、思わず頬が緩む。
「隼は己の信念が誰よりもしっかりしているため、揺らぐことはありません」
だからこそ、彼を特別に思うようになったのだ。
しかしながら、もう隼は忍びではない。
正確では忍びは死ぬまで忍びである必要があるのだが、任務で就いた右大臣家の護衛のご縁をきっかけにその才を買われ、それからはずっと忍びとしての自身を隠し、護衛人としての任務にあたり続けている。
きっと意図はあってのことだと思うものの隼のような優秀な忍びに任されるような任務は到底わたしには想像さえつかない。
それでも何度立ち向かっても返り討ちにあってしまうのは、忍び本来の力では隼には太刀打ちできないからであった。
「こうしてあなたが夜な夜な他の男と出歩いているとわかれば、隼も心穏やかではないでしょうね」
「わたしは忍びの里の底辺忍者だったんです。隼は気にもとめませんよ」
主に向かって自身の出来の悪さを堂々と語るのはいかがなものかと思ったが、ついついこの話になると得意げになってしまって困る。
「あなたの本当の強さを知っている身としては、もしかしたら光陽さまの文をあえて月子姫に渡さないようにしているのかな?と思ったこともありました」
「えっ! あ、ありません! そ、そんなこと!」
そんなの、あっていいことではない。
任務放棄だ。死に値する。
「はは、それなら面白いなぁと思ったんです」
「こ、光さま……冗談が過ぎます」
こんなことが公になったら大変だ。
もちろん主にはしっかり聞かれているのだけど。
「これを隼に伝えたら、動揺して隙を作ってくれるかもしれませんね」
「もっ、もう! からかわないでください!」
本気なのか冗談なのか。
光さまはとても楽しそうでヒヤヒヤとさせられることばかり言ってくるが、心が少しずつ落ち着いてきたため、彼のさりげないお心遣いにはいつも感謝していた。
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