第12話 悲痛の叫びは闇とともに
風の音が変わった。
分厚い雲が空を覆いだす。
「来ましたね」
おっとりとした光さま声が漆黒の闇に響く。
陽葵の話ではあるが、彼女の暮らす世界では、このあたりはとても明るい街が広がっていて、この国だけでなく海の向こうからもたくさんの来訪者が楽しそうに笑いあっているのだという。
わたしのような髪の色の人もたくさんいるし、自ら染めているものもいるという。
本当にそんな時代が来るのか、先の見えない真っ暗な闇をじっと見つめていると吸い込まれそうになる。
「翡翠、準備はいいですか?」
「はい!」
闇に心を奪われている暇はない。
光さまの合図とともに、深く頷いたあと手鏡にそっと手を添える。
少しずつ小さな煌めきが集まってきたことを確認して鏡を持ち上げると一本の線が天に上る。同時に静かに奏でられたのは、光さまの笛の音だ。
「!!」
まず、入ってきたのは、どろどろとした人の感情だった。
『苦しい……』『苦しい……苦しいよぉ……』『お腹が空いた……』『痛いよう痛いよう……』『助けてくれぇぇぇぇ……』
とにかくどくどくと音を立てて世界が泥のように崩れて見える。
「翡翠!」
そんな中でも、耳をすませば聴こえてくる温かな笛の音を頼りに意識を保つ。
瞳を開いたとき、勢いよく襲ってきたのはどす黒い影だった。
空にかざした手鏡を胸元で構えると一瞬だけあたりが明るい光に包まれる。
影が弾かれたのを確認しないまま、胸元から取り出したクナイを一気に投げ続ける。
クナイがかすった影たちは一瞬どよめき、姿がぼやけていく。
後ろからも勢いよく飛び込んでくる影たちにも変わらずクナイを投げ続け、ある程度の影の動きを封じ込んだのを実感した瞬間、再び手鏡をかまえる。
一気に吸い込まれていく影たち。
見たくない光景が胸を
遠く、遠くに聞こえる笛の音だけを頼りに必死に歯を食いしばる。
『どうして……どうしてわたしだけ……』
呻くような悲痛な音に叫びたくなる。
わたしだって、わたしだってずっと思ってる。
なんで、なんでわたしなんだろうって……
「思うけど、仕方がないじゃないっ!」
口の中に溜まったモヤを吐き出したら、一気にまわりの景色が変わった。
黒いモヤがまるで晴れたようにわたしのまわりの空気だけ澄んで見えたのだ。
「わたしはこの容姿のせいですべてを失ったし、これから先も何も得られないのよ。みんな……」
あの後ろ姿は二度と振り返らない。
「みんな失った……」
言いながら、少しずつ自分の世界を取り戻していく。
「もう大丈夫です。よく頑張ってくれました」
優しい光さまの言葉に腰が抜けそうになるのをぐっとこらえる。
手鏡を持つ手がガタガタと震えていて、落としてなるものかと踏ん張ると悲しくもないのに涙がこぼれた。
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