第7話 金色の髪をもつ乙女

「それから、今日来たのは……」


「心得ております」


 今日は新月の夜だ。


「準備いたします」


 文机の上に置いた丁寧な装飾が施された手鏡を手にする。


 いつ手にしたかは覚えていない。気づいた時には共にあったこの手鏡の中に、ひとりのくノ一の姿があった。


 正確にはくノ一装束の姿……である。


 名と同じ色の深い翡翠の双方がこちらを見ていた。


 髪を覆い隠した頭巾を外すと、まばらに切り落とされた長い黒髪が背中に流れる。


 同時にそっと鏡に手をかざして、離した次の瞬間、金色こんじきの髪色の少女が現れる。


 「いつ見ても綺麗な色の髪ですね」


 わたしの髪にそっと手を添え、彼は穏やかな瞳を見せる。


 彼の手に収まっているそれは、さきほどまでのものではない。狐のように明るい色のものだ。


 光さまの瞳には気の強そうな翡翠の瞳と金色の髪をした人の姿をした異様な生き物が映っていた。


 そう。これが、わたしの本来の姿だ。


「まるで日の光のようです。ねぇ、おもち丸、そう思いませんか?」


 深刻そのものな空気を一気にぶち壊して、光さまは足元でお餅のように丸くなっていたおもち丸に声をかける。


 おもち丸はおもち丸でぴくっと反応するが、だんまりを貫く。さすがに咄嗟に逃げるのは大得意だ。


「そろそろわたしとも仲良くしてほしいのだけど……ああ、それとも、おもち丸はそう思っていないのでしょうか」


 それは悲しい……とそれはそれは大げさに、おもち丸を意識しながら声を発する光さまもなかなか意地が悪い。


「……そっ、そうなのね!」


 だからこそ、まんまと騙されたおもち丸が必死に反論してしまうのだ。


「キッ、キラキラしていて、うっとりしちゃうのね!! 翡翠ほど美しい人を知らないのね!」


 ふふっと、口元を緩めた光さまに向かって小さな体をぷるぷる震わせながら、お尻を向けたままで必死の声を出すおもち丸。


 こんなことを言うと怒られるかもしれないけど、その姿はとっても可愛い。


「今日は、どのあたりですか?」


「五条の鴨川のあたりですよ。頼めますか?」


「もちろんです!」


「では、戌の刻にいつもの場所で」


「御意」


 そうして光様は見惚れてしまうくらい気品あふれる足取りで颯爽と立ち去ってしまう。


「あっ、あたちだってね……翡翠の髪は美しいと誰よりも思っているのね。本当なのね」


 光さまのがいなくなった途端、ようやく姿をもとに戻したと思えば突然えらそうに訴えだし、なかなかえらそうな物言いのおもち丸に思わず吹き出してしまった。


「ありがとう、おもち丸」


 芯の強そうな漆黒の瞳と真っ直ぐで長い黒髪を持っているわけでもない。


 むしろ、どこかで拾われた移民か獣の子だろうと散々罵られ、挙句の果てにはあやかしだと恐れられたことのあるこの見た目は、忍びの里で拾われることがなかったら今頃どうなっていただろうかと想像するとぞっとする。


 普通のお姫様のように、殿方に見初められて文をやりとりをする以前に、初めからこの見た目では、命を狙われることはあっても誰かに選んでもらうなんてこと……ありもしないのに、それでも夢を見てしまうことがあって自分で自分が嫌になる。


 だけど、おもち丸はもちろん、光さまはいつも褒めてくれる。


 だから、わたしは今でも前を向いて生きていけるのだ。

 

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