第5話 これは時を超えた文通という
「よくわからない文字なのね」
後ろからひょっこり覗き込んできたおもち丸が不思議そうな声を出す。
これは、わたしとおもち丸だけの秘密だ。
「これが読める翡翠ってすごいのね」
「普通の文字は読めないのにね」
本当に、不思議なものである。
くノ一になるために忍者の修行は欠かさず行ったが、学びを得ることはできなかったため、人よりももちろん知力は劣っているし、わからないことは多い。
我々に求められたことは、ただただ強く、主たちをお守りし、その願いを叶えること。
そのため、必要のない知識だとわかっていたとしても、文を送り合い、そわそわしながらその返歌を待つ貴族たちを見て、羨ましいと思ったことがないと言えば嘘になる。
「わたしにもわからない言葉は多いんだけどね」
『タピオカ』『中学校』『受験生』……とにかく
わからないたびに陽葵が丁寧に説明をしてくれるため、なんとなくの想像はつくようになったけど、それでも腑に落ちないこともある。
この前も『地下鉄』などという土の下を走る乗り物は休みの日になると人が多いと嘆いていたが、そもそも鉄の塊が地面の下を走ることも驚かされ、なおかつ素顔を出した状態で様々な性別や年齢の人間とともに行動した(?)ということに言葉を失ったことが記憶に新しい。
彼女のいう『未来』という世界は、わたしたちの住むこの世界と全く違っていて、想像すらも難しい。
それでも、なんて開放的なのだろうと大草原の上で両手を広げた気分にさせられた。
陽葵がなぜ文を送ってくるのかはわからない。
どうやって、ここに届けられるのかも。
いつも文机の引き出しの中にいつの間にか入れられていたし、わたしも同じように紙に今の想いを綴り、同じ場所へ入れるといつの間にか消えていることが増えた。
おかしなことに文字が書けないはずのわたしも、彼女の書く文字なら読むことだけでなく書くことができた。
ぐっと胸に手を置き、筆を握るとスラスラと記すことができるのだ。
初めてその事実を知った時の嬉しかったこと嬉しかったこと。
誰にも言えなかったものの、唯一その秘密を知るおもち丸にだけその心境を打ち明けて、その日は一日にやけてしまうのを我慢できなかったほどだった。
『すごい! 本当に平安時代と繋がってるのね!』
陽葵の明るい言葉からすべては始まった。
『わたしは陽葵! これからもよろしくね、翡翠』
これはきっと、時を超えた文通なのだと陽葵は言った。
彼女のいる世界でも遠くの人とやりとりをすることがあるのだという。
彼女のお母さんは海を越えた先の遠く遠く離れた土地に
『メッセージ』というものを使ってその場にいない人に即座に言葉を送っているのだという。もちろん、距離が離れていても変わらないとのこと。
聞けば聞くほど『地下鉄』よりも目を疑ったすごい『技術』とやらがあるらしいのだけど、そんな文化を持つ彼女たちの時代からならこうしてわたしの文机に文を入れることくらい造作もないのだと納得させられた。
そうして、彼女の質問にわたしが答え、わたしの質問に彼女が答え、そんな毎日を過ごすうちに一年の月日が流れていた。
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