口笛吹きの女

柳 一葉

口笛吹きの女

大通りを挟み脇の小道にあるスナック。コンクリートに咲いてある花の様だ。今日はもう看板は灯されてる。「LaLa」という名を着飾ってる。時刻は夜八時だ。

俺は会社の同僚である松下にこの店を教えて貰い、今日一緒に行った。

松下には奥さんが居たが、まあ夫婦仲はそう良くなかったから、それに付き合わされる様に俺はこの誘いに乗った。

俺は下戸では無いがそこまで飲めるほどのキャパシティは持っていない。

ドアを松下が開ける。

「まぁ松下ちゃんいらっしゃ〜い」

「美咲さん今日も来ちゃいました」

「あら、見覚えの無いお顔の子もいらっしゃい」

俺はぶっきらぼうに応えた

「はい、那賀と言います」

「松下ちゃんと同僚さんかしら」

「まあ、ええ」

「ゆっくりしていってちょうだいね〜」

美咲さんというママはそう言うと裏方に一度引っ込んだ。

「お前もうちょっと丁寧に挨拶しろよ」

「初めてだから難しいんだよ」と俺は松下を一瞥した。

「今日は俺の奢りだから飲んでくれよ。ほら楽しもうぜ」

「わかったよ」そうしてるうちに酒とつまみを注文する。

俺はウイスキーで松下はウォッカを、つまみはジャーキーを。裏方から出てきた子がカウンターに出てきた。

俺は一目惚れした。なんて言い表していいのか分からないが、とてもこの夜の幻想的な世界が似合う。なんだろうか彼女を見ただけで何か俺の脳みそが汁を零してる。

注文を取る際に、俺は彼女の手元に目が入った。赤いマニキュアをしていた。指は細長く若干骨ばっていて、爪はラウンド状をしている。 そこから視線を落として少し肌を出してる胸元に視線をやる。

俺はドキドキした。普段恋に落ちる様な軽い男では無いと自分では思ってるが、実際俺は彼女に惚れてる。ただの男だ。

「お!ララちゃん!今日も可愛いね」と松下が言う。名前はララって言うのか。

「松下さん〜三日ぶりですよね〜今日もゆっくりしていってね」

「ありがとう。今日もお酒奢るね」

「やった〜」

少し松下を恨む。連れてきてくれたのは感謝するが俺も彼女と会話をしてみたい。

彼女は二十二歳といった所か?

そうと考えてると酒とつまみが席に着く。

「ララちゃんへの感謝を込めて〜はいカンパーイ」

三人でグラスを持ちグラスを軽く打ち始めた。

俺は一口飲む。

「美味しい」と呟くとララさんが「ここのウイスキー美味しいと評判なので、また次回いらした際に飲んでいってくださいね」

ララさんから話掛けてくれた。俺は彼女へまた来ると心を込めて

「また来ます。こちらこそ今日相手してくださってありがとうございます」

「あ!もうすぐでショーがあるのでそちらも見てください」

「ショー?」

松下に聞く

「ショーってなんだよ」

「ここの名物だ。他のスナックには無いショーだぜ。俺はこれを見に週一で通ってんだよ」

松下は力説していた。

彼女は裏方へと戻り、ママの美咲が出てくる。

「那賀ちゃんもうすぐでララがステージに立つから見ていってね。初めてなら尚更楽しんで」

美咲さんがそう言って五分経つか経たないかで、スナックの薄暗い証明が真っ暗になって、カウンター横にある小さい円状にスポットライトが当たる。そこには先程とは衣装が違う先程よりも更に肌が見えるララさんが居た。

最初はポールダンスか、いやでも鉄パイプらしきものは無いな。それじゃただ歌うだけなのかと思ったら彼女はマイクスタンドも立っていないステージで、口笛を吹き始めた。そうただ吹き始めた。

赤いマニキュアを口許に持っていき吹いてる。 聴いた事の無い曲だな、なんて曲なのか。

一曲に三分程だ。それが三曲続く。

俺は松下に問う。

「松下お前この曲はなんだ?」

「あ〜俺も知らないんだよな。以前来た時も教えてはくれなかったんだよな」

余計に俺は彼女の事が気になった。

俺が聞いても彼女は教えてはくれないんだろうな。

約十分程のショーが終わる。照明も艶やかなピンク色から落ち着いた黄味帯びた色へと変わる。

その日はもう一杯松下に酒を奢って貰って、スナックを出た。そして、ママが見送ってくれた。 もう客は俺らだけだったから少し話せた。

「また松下ちゃんと那賀ちゃん遊びにいらしてね」

「また来ますね」と二人して少しだけ霞んでる朝日を浴びながら帰っていった。


四日程経って仕事終わりに俺は一人でまたスナック「LaLa」へと足を急いだ。もう店は開いてるだろうと思い小脇にある灯りの点ってる看板を見つけ急ぐ。

ドアを開けるとカランカランと鈴がなり、ママである美咲さんが出迎えてくれた。

「あら那賀ちゃんじゃないの?今日は松下ちゃんは一緒じゃないの?」

「はい、今日は息抜きに自分一人で来ました」

「そうだったのね!今日も楽しんでいってちょうだいで」

「ありがとうございます。」

俺はただララさんに会いたいんだ。今日もあのショーを観たくて観たくて仕事中もうずうずしていた。

「あ!那賀ちゃん今日ララは風邪引いちゃってお休みなの〜最初に伝えなきゃいけないと思ってたけどごめんなさいね」

俺は唖然とした。今日会えないのか。と落胆していたが美咲さんが俺へとメモ紙一枚渡す

「これララからのメッセージなの。もし休んでる間に来たら渡して下さいって頼まれてて」

「え?ララさんからですか、美咲さんありがとうございます。今日は一杯だけですみません」

「分かってるわよ、那賀ちゃんがうちのララに惚れてる事すら。女の勘舐めないでちょうだいね」

全て見破られていたのか、それ程俺は分かりやすかったのか。そんな自分が少し情けなく思えた。

酒を一杯飲むと軽くママと話して明日も仕事だからと伝え早めに帰る。彼女からの手紙が気になったのもある。俺は家に着いてシャワーを浴びて軽く生ハムを食べた。

後まだ、一杯だけじゃアルコールが足りなかったから家で漬けてる梅酒をロックで飲んだ。そして今からララさんからの手紙を読む。


「え?」その内容は電話番号と店を辞めるとの事だった。俺は急いで電話をしようとしたが時間はまだ深夜帯だ、また寝てから朝に電話をしようとした。俺もさっき飲んだ酒が徐々にいい感じに回ってきて眠くなってきた。


朝起きてまずはうがいをして水を飲む。深夜のアルコールが抜け切ってないから少し頭痛がする。まあ自業自得だ。

家を出なければいけない時間になり今日も出社する。まあ午前中は二日酔いの戦いだった。昼になるとだいぶマシになりララさんの事を思い出す。

電話を掛けるか悩んでると後ろから

「お〜いお眠たさん何悩んでるんだい?」

松下だった。俺は言うか悩んだが結局松下の押しに負けて言った。

「え、ララちゃん店辞めるんだ。知らなかったな。あのショー見れなくなるんだ、悲しいな。お前ララちゃんの事好きだもんな〜、最初から分かってたぜ。でも俺は美咲さんに、美咲さんに会う為に今後も通うぜ」松下は熱心に燃えてた。結局午後になり、帰路に着く。

そして俺はまだ連絡を取っていない。

「先にシャワー浴びるか」

まだ初夏と言うのにもうワイシャツが汗で濡れて気持ち悪い。

猛暑の日はどうなるんだと思いながらも、着替えてシャワー浴びる。シャンプーの泡を泡立てる。もこもこと頭皮全体を覆う。そして流す。「ララさん」まだ未だに忘れられない彼女の存在。

風呂を上がり髪の毛を軽く乾かす、その後は自然乾燥だ。ようやく電話をする決心をした。

「プルルル プルルル」三回ほど呼出音が鳴る。 切るかと思った時に

「もしもし」ララさんの声だ俺は必死に食らいついて

「俺です。那賀です」

「あ、那賀さん。以前は急遽休んでしまってすみません」

「それは大丈夫だけど、店辞めるって本当?」

「うん。今辞めても後悔はしないかなと思ってて」

「そっか、でも何で俺に教えてくれたの?」

「それ言わすきですか?好きだからに決まってるじゃないですか」

「え?」

「だから美咲さん通して連絡先教えたんですよ。恥ずかしい事言わせないで下さいよ」

「嬉しすぎるのもあるけど、とてもララさんって可愛い人ですね」

「だから私と二人で一緒に暮らしませんか」

俺は戸惑った。嬉しいがいくらなんでも急すぎではないか?

「急いでるの?」

「ちょっとね事情があってね。でも今すぐって言う訳じゃないから」

「分かったよ、良いよ」

「ありがとうございます。また私から折り返し連絡をしますので。よろしくお願いしますね」

「わかりました。ではまた後日に」


五日後にララさんから連絡が来た。

「もし明日良ければ会えませんか?時間は夜の七時頃で、場所はスナックから近い喫茶店でも大丈夫ですか?」

「はい、仕事終わりになりますがそれでも良ければ良いですよ」

「ありがとうございます。ではまた明日に」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

と電話は連絡事項みたく終わった。明日ララさんに会えるの楽しみだなと俺は心のそこから思った。

次の日仕事も終えて時間通りに指定の場所へと辿り着いた。ここで合ってかな。俺は確認の為また電話をした。

「ララさん一応指定の栗原喫茶店へと着いたのですが入ってても良いですか?」

「はい、私ももう少しで着きますので中に入ってて下さい」

場所は合ってるみたいだ。俺は四人掛けの広めの席へと案内された。椅子はとても柔らかく体重で沈む。しばらく、ここの喫茶店を眺めてた。机も椅子も曲線がありとても滑らかでありこだわりのある家具で揃えてるなと。床のカーペットもオリエンタル調で個性も出てて良いな。そんなこんなで向かいから一人の女性が来た。

ララさんだった。

「すみません。遅れちゃって」

「無事に辿り着けて良かったです。今メニュー表渡しますね」

「ありがとうございます」

俺はブラックコーヒーを、彼女はアイスアップルティーを頼んだ。

「日は暮れたけどまだ暑いですね」

「そうですね。お仕事お疲れ様です。お忙しい中急に呼び出してすみません」

「気にしなくて大丈夫ですよ」

軽く雑談を交わしてると、テーブルに二つ飲み物が置かれる。

彼女は暑かったからか直ぐにストローでアイスアップルティーを飲んだ。

年相応の行動でとても可愛かった。俺もそう思いながら飲んでゆく。

「これからの事についてなんですが」

「ええ、俺は構いませんよ。一緒に生活していくのは」

「本当によろしいんですか?」

「はい、好きな人同士暮らすのに何が不自由なんですか。俺はこれからも働く。君と一緒に住むなら尚更仕事は頑張るよ」

「ありがとうございます。それじゃあ、私は家庭で過ごしてても良いのでしょうか?」

「働くも働かまいも好きにして結構」

「わかりました。では、ここ一ヶ月は家庭内で過ごしますね」

「それじゃ暫くはそうしようか」

そうと決まればと二人とも話が終わり、飲み物も尽きた。

会計へと向かう。彼女は先に店を出た。

「ララさんこの後予定空いてますか?」

「ええ、まあもう貴方と過ごすまではずっと暇ですよ」

「良ければ家に来ませんか?」

俺は彼女を誘った。勿論そういう気だ。彼女は恥ずかそうに顔を下に向けたが、俺のワイシャツを掴んで顔を上げて、キスした。

「こういう事でしょ」

そうして俺の家に行った。夜はまだこれからだ。

俺たちは互いに愛し合った。とても暑い日だった。


翌朝目が覚める。腕の中に彼女は居た。がそれはララさんじゃなくて

「え?」

腕の中に居たのはあの「LaLa」のママである美咲さんだった。

俺は焦った。え?どういう事だ?

ララさんであった美咲さんが目を覚ます。

「おはよう〜」

「凄く驚いてるね。そりゃそうか。でも、ララは間違えなく私よ。そう夜の私はララなの。でも日中は美咲。お店の名前もママである私の名前を使ってるのよ。寝坊助さんお分かり頂けたかしら?」

手を見ると赤いマニキュアは惨たらしく禿げていて、細長かった手はシワシワで皮がたるんでた。


この日俺は二日酔いの幻覚であれと、夢は夢でしか見られないのだと心の底から思った。

そして、夜が月纏っていたドレス。初めて会ったあの日の口笛が脳みそを歪ませた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口笛吹きの女 柳 一葉 @YanagiKazuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ