第28話 ★ブラッドローズ【堺修】
SIDE:
※主人公以外の三人称視点となります。
「本当にダンジョンに行くんですかい?」
クランメンバーが聞いてくる。
俺だって行きたくない。
クランのメンバーが捕まって数日も経たないうちダンジョンに顔を出すなんて、狂気の沙汰だ。
「行けないわけには行かねぇだろうが。向こうの奴等にこっちの事情なんか関係ねぇんだ。一回でも滞りゃ、それで終わり。切られるだけだぞ?」
前から決まっていた取引日だ。
相手方だって捕まりたくはないだろうが、それを自分から変えるというのは信用を捨てるということだ。
何の問題もないことをアピールしなけば次が無くなるのだ。
馬鹿共が捕まったせいで奥の拠点にもガサ入れが入った。
事前に前に証拠になるものは全てダンジョンに吸収させてはいたが、取引先に補填を要求されて何億も損失が出てるのだ。
ここで稼いでおかないと、地下に潜ることすらできない状況……。
幸い今回の取引は鞄一つ分のブツだという。
それなら奥まで行く必要もない。
サッと行ってサッと出てくりゃいい。
「ダイジョウブナンダロウナ」
会話を聞かれたのか客人が不安がる。
カタコトの日本語が示す通り、外国籍の男……。
こいつは【収納】のスキルを持った、所謂運び屋というヤツである。
俺達『ブラッドローズ』の裏の仕事、密輸、不法投棄、それに日本製のジョブ取得まで色々やっているが、一言で言うならその仕事は外国籍の人間をダンジョンに入れること、である。
今回はこの【収納】持ちの客人をダンジョンに入れて、【収納】から取り出したヤバイ薬を受け取ることだ。
後はダンジョン内で保管したそれを別の日に誰かが受け取りに来る算段になっている。
「アンタの安全は保障するよ。今回は1階層ですぐ戻るし、後は別の奴等の仕事だ」
この仕事は簡単だ。
フルフェイスの兜を被って大人数で同時にダンジョンに入る。
ダンジョン前の改札はその名前の通り、駅にある改札と何ら変わりはない。
ライセンスを翳すだけで顔の確認まではしない。
もちろん本人以外の使用は禁止されているが、それを確認できなければ罪に問われることはないのだ。
受付の【鑑定】持ちの気を引いている間に運び屋に入口を通過してもらえば、後は中でブツを取り出すだけで仕事は終わる。
長いことこの仕事をしているが、今までバレたことは一度もない。
普段なら朝入って夜出るくらいの仕込みをするが、今日だけはさっさとズラかろうと思っている。
俺達が入ったのをいいことに入り口での荷物検査なんてことも、あの女刑事ならやりかねんからな。
入ったらすぐに出るに限る。
「もう出ますぜ。この先はヘルメットは絶対脱がないでくださいよ」
「……ワカッタ」
簡単な、いや、簡単だった仕事か……。
︙
︙
「リーダー、またアイツです」
ダンジョンについて、問題なく改札も抜ける。
しかし受付の前に、例の男が立っている。
14階層の拠点を任せていた連中によれば、あの男が罠を発動させて女どもを助けたらしい。
捕まったのは普段は34階層の拠点にいてブツの管理を任せているパーティーの奴等だ。
こんな仕事をしていれば不測の事態ってはよく起こる。
特に不法投棄の仕事はモノがダンジョンに吸収されるまでは俺達も近づけない。
俺達が最初に人を殺したのも不法投棄の仕事中だったか。
不法投棄の仕事はブツの取引と違って最後まで運び屋が近くにいる。
コロセと言われればやるしかない。
俺達がダンジョンに不法投棄しているのは、所謂放射性廃棄物と言うヤツだ。
これはダンジョンに負担を掛けるらしく、大量に捨てられたダンジョンは機能を停止する。
ダンジョンが地球に現れた頃、これで消えたダンジョンがいくつもあったらしい。
(本部ダンジョンが閉鎖しているのもご同業者が原因だろうな……)
しかも俺達が捨てているのは他国の放射性廃棄物だ。
これは外患誘致罪に当たり、確実に死刑になる犯罪。
それを知ったのは何回か仕事をこなした後だった……。
だから見られれば殺すしかない。
そうやって何人も殺していくうちに、アイツ等はその味を覚えたのだろう。
仕事に関係ないところでも女の冒険者を狙い始めたのだ。
それがあの馬鹿共で、これ以上はマズいと思って証拠の残らない34階層から14階層の拠点に移したのが失敗だった。
すでに歯止めの利かない馬鹿共は14階層でもやらかしたのだ。
相手は超大物配信者。
しかも証拠を残すどころか、失敗して34階層の拠点まで逃げてくるというお粗末さ……。
殺してやろうかとも思ったが、真っ先に疑われるのは俺だ。
こんな馬鹿共だが、結束だけは恐ろしく固いしな。
仲間を殺したとあっては他の奴等がついて来なくなる可能性すらあるので、グッと堪えた。
『初犯で未遂に終わったんだ。すぐに出てこられるさ』
そう言い含めて馬鹿共を自首させた。
口を割れば死刑だと言うことはアイツ等もわかっている。
他のことは喋ったりはするわけがない。
(そろそろ潮時だろうな……)
まとまった金が手に入ったらしばらく身を隠そう。
そう思い上を見上げれば、ダンジョンと地上を繋ぐ通路には複数台の監視カメラがついている……。
ここではブツは取り出せない。
なら行くしかない。
「なんだ?なんか文句あんのか?」
受付嬢と例の男の気に割って入って気を引く。
受付嬢の【鑑定】も危険だが、この男も得体がしれない。
長いこと冒険者をやっていれば、相手がどの程度の冒険者かは見ればわかるが、この男だけはまるでわからない。
強いのか弱いのかさえ……。
これは俺だけじゃなく、クランのメンバー全員がそう感じたことだ。
兎に角、気を引いて客人には目を向かせないに越したことはない。
そう思い【威圧】のスキルを使う、が、何の反応も返ってこない。
(チッ、やっぱり俺よりも高レベルか……)
【威圧】は自分よりもレベルの低い相手を怯ませるスキルだ。
やはり伊賀のメンバーなのは間違いないだろう。
しかし、俺よりも高レベルとなると日本一と噂される『伊賀忍者隊』でも幹部クラスなはず……。
公開されているメンバーにこんな顔のおっさんはいなかった。
服部半蔵……。
そんな都市伝説のことが思い出される。
だが、【威圧】を向けられて無反応と言うのはおかしい。
レベル差があったとしても、軽く押されたくらいの圧は感じるはず。
なんなんだコイツは……。
「堺さん……。いらしたんですか?」
「ああ、別に俺達は何も悪いことはしてないしな。コソコソ隠れてる方が、おかしいだろ?こっちも仕事で冒険者やってんだ。通らせてもらうぜ?」
流石に戦闘職は【鑑定】を持っていないはずなので、おっさんよりも受付の新井の気を引くのを優先する。
客人がここを通過できればそれでいい。
「ウェーイ、トモちゃん元気?」
隣の受付も大丈夫のようだ。
問題は……。
「おい、アンタ。馬鹿共が世話になったらしいな。この借りはキッチリ返すからな」
今度は【挑発】を放つ。
が、それも効かない。
驚いてはいたが、怒った素振りすら見せない。
【挑発】はボスモンスターのように状態異常が効かないような格上の相手にも効果を発揮するスキルだぞ?
それすらも効かないのか?
なんなんだコイツは……。
「堺さん!それは!」
客人は通過した。
目的は果たしたんだ、コイツに関わるのは得策じゃない。
その場を後にする……。
その後、すぐに物陰に入ってブツを受け取り、奥の拠点に運ばせた。
アレが捌ければ、しばらくは大丈夫なんだが……。
︙
︙
「しばらく受け取りには来れないそうです」
その日は売人が受け取りに現れなかった。
警察にビビッてダンジョン内での受け取りを拒否してきたのだ。
かと言って、俺達にはいつガサ入れ入ってもおかしくない状況。
俺達が外に持ち出すことも出来ないのだ。
「不法投棄の仕事があったな、すぐ受けろ。今からだ」
先延ばしにしていたヤツがあったはずだ。
金が要るのだ。
それがないと身を隠すことも出来ない。
「は?この状況でですか?でも15階は使えませんぜ?どこに捨てやす?」
不法投棄に適したダンジョンに吸収されるまで誰も来ない場所、と言うことで奥まで行くのは無理な運び屋の場合は15階層で済ませていた。
あそこは誰も脇道に入らないからな。
だが今はメインストリート以外は封鎖されている。
他に誰も来ない場所といえば……。
「4階層だ。あそこのボス部屋は人が寄り付かないからな」
ダンジョンの吸収が起こるまで15分、それだけの間ボス部屋を外から見張るだけで済むのだ。
普段ならそんな浅い階層に俺達がいれば目立って仕方ないが、これで最後だ。
纏まった金を貰ってオサラバする。
︙
︙
「誰か入っているそうです」
運び屋を連れて4階層まで来たのはいいが、ボス部屋の中に人がいることを斥候が確認した。
近くに隠れて様子を窺うと……。
「ん?アイツ、例のヤツか?なんでこんなところに……」
あのおっさんだ……。
このジョブ部屋のジョブは【紙漉き士】だったはず。
高レベルのヤツが来るところじゃないぞ?
「あ、また入りました」
出てきた瞬間にまた入るのを繰り返すおっさん。
「……おい。ここ、何かうまい要素あったか?」
「こんな低階層、周回する意味はないはずですよ。1人で倒せるならもっとうまい狩場はいくらでもありますし……。あ、また入った」
意味が解らねぇ。
そもそも俺よりも強い奴が来る場所じゃない。
それだけ強ければ一人でも20階層台のボス部屋でも余裕のはずだ。
何故ここに入る……。
まさか俺達が来ることを知っていて?
何か細工をしているのか?
「ヤっちまいますか?」
相手は一人、いくら強くても全員で掛かれば殺れないことはないだろう。
いや、一人と言うのが逆に怪しい……。
何故奴は一人なんだ?
他の伊賀の奴らはどこにいる?
「ダメネ。アイツヤバイネ。ミテワカラナイカ。キョウハモウダメ。カエルネ」
運び屋が難色を示す。
優先するのはこの運び屋の身柄……。
コイツさえ無事に返せば、取引先に何かされるということも、すぐに捕まるということも無い。
「クソッ、帰るぞ!」
奴がここにいるということは何かを知っているということだ。
他の階層に移動してもついて来るかもしれない。
それこそ他の階層に仲間が待機している可能性まである。
ボロを出す前に逃げるしかない。
「あ、また入った」
なんなんだあのおっさんは!
︙
︙
「ちょっと話を聞かせてもらおうか」
あとは受付前を通り抜ければ地上と言うところで、待ち構えていた刑事たちに止められる。
またこの女刑事か。
コイツは普段から俺達を目の仇にして嗅ぎまわっている奴だ。
「なんだ?何も悪いことはしてねぇぞ?」
「嘘をつくな。4階層でボス部屋を囲んでいたそうじゃないか。中にいた奴はどうした?殺したのか?全員署までご同行願おう」
やっぱあのおっさんは罠だったか。
「全員ってなんだよ?この人数をか?俺が代表で行ってやるから、それでいいだろ?」
だが、いつも通りだ。
証拠は何もない。
実際におっさんには何もしてないのだ。
運び屋さえ逃がしてしまえば……。
「平松刑事!あの人、日本人じゃありません!」
後ろに隠れていた運び屋を指差した受付嬢が叫ぶ。
余計なことをしてくれた。
これは……、もう……。
「やっちまえ!外に出るぞ!」
やるしかない。
捕まったら死刑。
特にリーダーの俺は言い訳のしようもない。
「バカが!血迷ったな!」
バカはお前だ。
警官の人数は10人程、こっちは40人はいる。
そもそもダンジョンの中では一対一でも負けるわけがないのだ。
「キャーッ」
「クソッ、卑怯者どもが!」
勝負はすぐについた。
最後まで粘って通路の前に立ちはだかっていた女刑事も受付嬢を守りにその場を離れた。
「行くぞ!外だ」
地上に出たらいくつか指示を出して散る。
︙
︙
「ブツごと捕まったみたいです。どうします?」
ブラッドローズに所属してはいないが息の掛った冒険者というのはいる。
そいつ等からの奥の情報が入ってきた。
奥の拠点にいた例の薬を持った奴等が捕まったようだ。
34階層よりも奥は電話が通じないのですぐにブツを捨てろという指示すらできなかったのだ。
麻薬の取引、これはもう言い訳のしようもない組織犯罪……。
指名手配だな。
「予定通りだ。このまま逃げるぞ」
証拠を握られた以上、日本にはいられない。
高跳びだ。
幸いなことにブツの取引と不法投棄の取引相手は別。
ブツの取引相手にバレる前に、不法投棄の取引相手を頼って日本を出る。
金があれば自分だけで逃げるつもりだったが、こうなった以上はまだ部下が必要だからコイツ等も連れていく。
海外には隠しダンジョンが多数あるので、レベル40越えの【忍者】の集団ならどこに行っても歓迎されるだろう。
「深夜とはいえ、これだけの人数で移動すれば流石に目立ちますね」
「沖に出て船を乗り換えればそれで勝ちだ。ま、ちょっと海外でゆっくりしようや」
少し減ったがそれでも30人はいる。
目立たたないようにとは思っていても、それだけいれば車列も出来ようというものだ。
漁港に直接乗り付けて車から降りたところで……。
「な、なにかいます!」
「は?何か?何言って……」
指さす方向、点滅する街灯の上に人影……。
驚くわけだ。
深夜の漁港とは言え、人ぐらいいるだろうがそんな所に立っているわけがない。
そこに立つ意味がないのだ。
「にん……じゃ?」
誰かが呟く……。
チカッチカッと偶に光る街灯が映し出した顔には何か布が巻かれている。
その姿はまさに時代劇に登場するような時代錯誤の忍者そのものである。
ダンジョンにだってこんなコスプレ野郎はいない。
命が掛かっているのだ。
頭を守るためにフルフェイスの兜を被るのが当たり前。
こんな格好をする【忍者】はいない……。
「案内人か?下りてこい!」
取引先の組織の人間の可能性もあるので一応声を掛ける。
「………」
返事はない。
「チッ、構ってられるか。行くぞ」
振り返った瞬間……。
『パーンッ』
隣にいた奴が吹っ飛んだ。
なんだ?銃か?
音は上から、ヤツの方からだ。
「この野郎がぁ!」
「撃て撃て!」
こちらも何人かが銃を抜く。
俺達の商売は密輸全般。
銃ぐらい用意できる。
寧ろこれでダンジョンの攻略を進めていたまである。
扱いはお手の物だ。
「あれ?どこいった?」
消えた?
『パーンッ』
再びの銃声、いや、爆発音か?
『パーンッ、パーンッ、パーンッ』
音がする度に仲間が吹き飛ぶ。
何が起こってる?
コイツ等はレベル40越え、地上でスポーツ選手顔負けの身体能力を引き出せるんだぞ?
それが何も出来ずに?
気が付けば立っているのは俺一人……。
乗ってきた車の上にいる得体のしれない忍者に見下ろされる。
忍者……。
コイツ、まさか……。
『パーンッ』
そこで意識がなくなる。
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