第21話 合唱コンクールの思い出

「春道さん、大丈夫ですか?まさか警察で酷い扱いを?抗議をしなくては!」


 いえ、HPが0になったのは過去の良くない思い出のせいです。

 合唱コンクールの練習で女子を泣かせたとか、よく覚えてたよそんなこと……。

 なんで休み時間にまで練習しないといけないのか?

 しかもなんで男子が参加しないのが俺のせいになるのか……。

 佐藤とか、そもそも本番にも来ない不良生徒もいたでしょうが。


「大丈夫、大丈夫ですから。抗議とかはやめてください」


 昼食後、千葉支部にやってきた。

 事情聴取が終わったら行くって新井さんと約束してたからね。

 事件以来、久しぶりのダンジョンだ。

 新井さんに直に会うのも久しぶりだけど、その間もメッセージアプリでずっと心配してくれていたのだ。


「本当ですか?ここだけの話、あの刑事さん、冒険者だった婚約者に捨てられたとかで、冒険者のことを逆恨みしてるみたいなんですよ。いい迷惑ですよね?」


 それはどこからの情報なんだ……。

 

「それより、この度は迷惑をお掛けしたようで……」


 15階層のカメラとかいっぱい壊しちゃったからね。

 修理代は請求されないとは佐々木警部補は言ってたけどまだ協会の人とは話をしてないからね。

 隣の席の人にもスイマセンと頭を下げる。


「いえ、そんなことはないです。結果的に春道さんのお陰で助かった人もいるんです。ブラッドローズのことも……。だから頭を上げてください。というかそれよりも、です!なんで15階層なんかにいたんですか?あの日も4階層でスキルポイント貯めをしているはずですよね?」


 うっ。

 結果として嘘をついてしまったことになるな。

 ちゃんと4階層の魔石を集めて4階層で活動してしてましたよ、と見せかけるつもりだったのに、それも出来なくなってしまった。


「ごめんなさい……」


「謝ってほしい訳じゃありません!どうしてあそこにいたのか聞いているんです。もういいです。そこに気を付けをしたまま立っていてください。春道さん、今から貴方に【鑑定】を掛けます。いいですね?」


 あっ……。

 いや、しょうがないか。

 別に俺は悪いことは何もしていない……と思う。

 【鑑定】してもらって、そして全部話して楽になろう。


「お願い、します……」


「よろしい。行きます、【鑑定】!……【鑑定】!……変ですね。トモちゃんちょっとこっちに来て貴方も【鑑定】してみて」


 あれ?


「はい?なんです?まあいいですけど。【鑑定】!えっ?【鑑定】!【鑑定】!えっ?見えませんよ?あれ?なんで?あ、レベル30以上?え?睦美さん、この人新人じゃありませんよ?ちょっとライセンス見せてください!」


 見えない?

 どういうこと?


「え?どうぞ……。なんですか?」


 トモちゃんにライセンスを渡す。


「えええ?おかしいです!今月ライセンスを取得したばっかりになってますよ?なんです?これ?」


「【鑑定】はレベルが自分のより高い相手には効きませんが、春道さんはレベルが40以上ってことはないですよね?そうなると何かのスキルで防いでいるということになります。春道さんは最初から【隠蔽】を持っていた。そうですね?」


「ええ?そうなんですか?」


 びっくりした。

 なるほど、レベル差があると【鑑定】は効かないのか。

 じゃあレベル9999の俺を【鑑定】できる奴はいないってことになるね。

 助かったー、のか?

 素直に話して楽になった方が良かったような気が……。


「そうなんですかって、まさか自分のわかってなかったんですか?」


 ん?スキル?

 ああ、そうか。

 新井さんは俺のレベルが自分より高いなんてありえないから【隠蔽】で防いでると思ってる訳か。

 確かにまだ2週間も経ってないのに、レベルが30とか40ある方がおかしいもんな。


「ええ!?じゃあってヤツですか?それじゃあ2週間で15階層まで行っちゃうのも納得です!」


 ダンジョンに選ばれし者、か。

 最初からジョブとかスキルを持ってるラッキーな人達のことだな。

 もちろん俺は違う。

 何故かレベルが9999になってしまった、ついてないだけの男です。


「それで、今レベルはいくつなんですか?」


 どうする?

 素直に言って楽になるか?


「……9です」


 九千九百九十ね。

 新井さんにはお教えてもいいけど、今はトモちゃんがいる。

 いずれ話すにしても今はまだ踏ん切りがつかないなぁ。

 もう少し親密になってからですね。


「9!2週間で9は早いですねー。普通は1カ月かかりますよー。でもすでに15階層に行けてるわけですし、納得ですよー」


 トモちゃんが褒めてくれる。

 新井さんは……。

 難しい顔をしている。


「あ、嘘……」


「え?来るんだ……」


 ん?二人が地上に繋がる階段の方を見ているので振り返ると……。

 堺、だっけ?

 しかも一人じゃない。

 ブラッディローズのメンバーなのか、団体さんでご登場だ。


「なんだ?なんか文句あんのか?」


 しかも絡まれた。


「ウェーイ、トモちゃん元気?」


 そして前と同じようにトモちゃんにも絡みに行く奴がいる。

 しかし面の皮が厚いというかなんと言うか。

 俺は事情聴取やらなんやらで見れていないが全国ニュースにもなっていたようだし、ネットでもかなりの騒ぎになっている。

 にも拘わらずこうして普通にダンジョンにくるのか……。


「堺さん……。いらしたんですか?」


「ああ、別に俺達は何も悪いことはしてないしな。コソコソ隠れてる方が、おかしいだろ?こっちも仕事で冒険者やってんだ。通らせてもらうぜ?」


 いや、メンバーが逮捕されてるので、悪いことはしてるんですが……。

 自分達は関係ないとアピールする為にもこうして出てきたということだろうか?

 表に報道陣の車も止まってから騒ぎにはなってそうだね。

 うっかり夕方のニュースに移り込んでしまうと、会社をクビになってしまうので気を付けて帰ろう。

 もう退職の日は2週間を切っている。

 それまでは逃げ切らないと……。


「くれぐれも問題は起こさないようにお願いします」


「へっ、言われなくてもわかってるさ。おい、アンタ。馬鹿共が世話になったらしいな。この借りはキッチリ返すからな」


 え?

 俺が罠を踏んだってことは知れ渡ってるみたいだね。

 っていうか、この人達が俺を伊賀なんちゃらのメンバーだって触れ回ったみたいだ。


「堺さん!それは!」


 取りようによっては、アイツ等の復讐をするっていう風にも聞こえる。

 まさか本当にありがとうって意味ではないだろうし、コイツ等、やっぱり組織ぐるみでやってたのか?

 堺はそのまま振り返ることなくダンジョンの奥へと入っていった。


「む、睦美さん。どうしましょう?」


「兎に角支部長に報告を!春道さん、申し訳ありませんが今日はこのままお帰りください。また夜にメッセージ送りますね」


 まあしょうがないね。

 本当はこの後ジョブを【商人】に戻してから帰りたかったんだけどね。

 今日は新井さんの顔を見れただけで良しとしよう。



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