二つの脳と一つの世界〜突然訳の分からない告白をされたと思ったら、本当に訳の分からない世界に居ました〜

ダクテュロス

第1話 告白

私、「ネイ・クローウェル」は男女を問わずにモテる。


今回屋上に呼ばれたのも、きっと私への告白だろう。


私のことを好いてくれる人を振るのは良い気持ちではないのだけれど……実際恋愛なんかにうつつを抜かしている場合じゃないから仕方がない。


そんなことを思いながら、私は屋上へ続く階段を登る。


コツ……コツ……階段に当たる靴の音が狭い階段内に響く。


ここまで聴覚を意識したのはいつぶりだろうか。屋上から吹きつける冷えた風もどことなくいつもより鮮明に感じる。


屋上の扉はいつも開きっぱなしだから、このように生徒が告白するのに打って付けの場所になっているが、いつになったらこの扉は閉じられるのだろうか。


もう随分と屋上で告白されるのにも慣れたせいで、こんな風に些細な新しい疑問や感覚を抱かなければ、この道中からもう帰りたくなってしまう。


私に勇気を持って告白しようとしてくれているのだ。せめてその思いには何らかの形で向き合わなければならない。


そう自分に喝を入れて、再び階段に音を響かせる。


コツ……コツ……コツ……


今回の告白は何か真新しいことが起きると良いのだけれど。




「……貴女が今回私を呼んだ人?」


女性か。最初女性に告白されたときは少し驚いたものだけれど、今となっては真新しさの欠片もない。


「は、はい!あのっ!エルトリアって言います!あのっ……その……」


「……もう少し落ち着いて良いのよ?別に私は逃げたりなんかしないわ。」


「は、はいっ!あの……えっとですね……その……」


はぁ、このタイプか。直前になって緊張する気持ちは分かるが、それを目の前で待たなければならないこちらの気持ちも少しは考えて欲しい。


といっても、そんなことを目の前の彼女に伝える訳には行かないので、待つという選択肢しかないのだけれど……。


「ふぅ……よ、よし!あのっ、ですね!」


ようやくか。思ったよりは短かったのでまずは一安心。


「わ、私と……その……『脳の反射を共有』してくだひゃい!あうぅ……噛んじゃった……。」


「……は?……申し訳ないのだけれど、もう一度言ってくれる?」


「で、ですから!『脳の反射を共有』してください!!」


「脳の反射を共有……貴女、何を言っているの?」


さてどうしたものか。とんでもない真新しさが飛んできてしまった。


……正直言って、すごく面白そう。『脳の反射を共有』だなんて、今まで一切聞いたことがない。


……人生で初めて告白を受け入れる可能性が出てきたわね。


「えっと、あのですね、脳の反射を共有ってのはつまり私とネイさんの独反射を共有しませんかってことで、その……あっ!いえ!まだ隔離反射とかそんなつもりはないんですよ!ただネイさんと共有反射をしたいだけで……」


「ちょ、ちょっと待ってちょうだい?知らない言葉しかないのだけれど……。」


「あっ!し、失礼しました!独反射ってのはその……わ、私達の絵?のことで!た、例えば!群反射として綺麗があった場合、独反射がその綺麗さに色や形を加えて……その……」


「OK。貴女から良い回答が得られるのは諦めるわ。とりあえず……その反射の共有?をすることでどんなメリットデメリットがあるのかを聞かせてちょうだい。」


「は、はい!分かりました!え、えっと、反射の共有をした状態のことを共有反射って言うんですけど……それをしますとですね、我々の五感や思考や感情が重なってですね……えぇと……デメリットとしては世界が歪むとか物の認識が出来なくなるとか色々あるんですけど……め、メリットとしましては!お互いのことがよく分かるとか!せ、世界の新たな一面を見れるとか!と、とにかく新鮮味に溢れます!!」


「ちょっとデメリットの部分が上手く聞き取れなかったのだけれど……新たな一面、新鮮味に溢れた体験が得られるのね?」


「は、はい!私の命にかけて断言します!」


「……少し考える時間をちょうだい。」


本当に魅力的な提案かもしれない。何せ、説明を受けて一切分からなかったし、一切察することも出来なかった。


こんな経験は生まれて初めて。そう断言しても良いわね。


デメリットが聞き取れなかったのは気になるけれど……『共有』って言ってるぐらいだから、きっとお互い背負うものでしょう。


そうであるなら、きっと相手も極端なデメリットがある提案はしてこないはず。


……相当アリね。学校の授業も結局私の分かっていることしかやらなくて飽き飽きしていたところだし、ちょうど良い。


「……良いわ。その告白、受けましょう。」


「ほ、本当ですか!?!?嘘じゃないですよね!?」


「えぇ。クローウェル家の名に誓っても良いわ。」


「〜〜!?そ、それでは今すぐ準備しますね!!!しょ、少々お待ちください!!!」


……そういえば、結局これは付き合うってことになったのかしら?まぁ、真新しいことが起きるならなんでも良いわね……。




「お、お待たせしました!準備完了です!」


「思ったより長かったわね……十分ぐらいかしら?」


「あうっ、その……」


「別に。気にしてないわ。それより……準備ってのはその魔法陣のこと?やけに巨大だけれど……」


「は、はい!こちらで私とネイさんの脳を結合して共有反射を起こします!」


「……脳を結合?」


「はい!それでは始めますね!」


「ちょ、ちょっと待ってちょうだい!?脳の結合とか聞いてないのだけれど——っ!?」


一体何が起きたの??突然視界が暗転して……とてつもない揺れと、強烈な吐き気と……待て、記憶は?私は?私の体はどこに?


「……ふふっ、落ち着いて大丈夫ですよ、ネイちゃん……。すぐに楽になりますから……。」


お前は……私に告白してきた……エルトリア……?いや、口調が違う……目の前が見えない……音も分からない……。


強烈に頭の中を走馬灯が駆け巡る。死神が幻視される。もうとうに忘れた古い記憶が呼び起こされる。

感覚だけの体から脳が溶けだす。


水に沈んだ粉砂糖のように、じわじわと、それでいて急速に溶けだす。


やめろ。やめろ。死にたくない。こんな死に方は望んでいない。私にはまだやり残したことが、私には……まだ……


「あはっ、かわいいんだから……ほら、私が抱きしめてあげますから……落ち着いて……落ち着いて……」


意識が溶暗していく。暗い谷の底に突き落とされるように。暗い谷の底に引き摺られるように。ゆっくりと、着実に、暗い谷の底に………………


「おやすみなさい……ネイちゃん。」

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