時刻は九時五十六分

第6話

セイラはあまりしゃべらないでいることにした。これ以上は深く関わりたくない。


「今日はえらく静かだな」

「それどころでは無いのです」


イェルガーは壁の紙を見て聞いてきた。


「さとり?」

「煩悩を追い出しているのです」

「そうか」


興味が無いのかそれだけだった。良かったと安心するセイラ。


「……」

「……」


(ああ、良かった。この人沈黙に耐えられる人なんだ。今まで一生懸命、話しかけていた私は何だったのだろう。ムダ努力)


「悪いイモでも拾い食いしたのか?」

「発言が中等部の学生ですね。というか山猿視点でしか考えられないのですか。私は人間に進化したのです!」

「ほう」

「やっぱり一回は殴らせろ!」


セイラは我慢できずに退化してしまった。


セイラが右手を突き出すとすっぽり手で受け止められてしまった、まだまだ鍛えないといけないみたいだ。


その手をぐっと引かれて、バランスを崩す。次の瞬間、高い高いされてベッドにちょこんと座らされた。イェルガーは真正面に立っていて見下ろしてくる。


(この状態はなんだ? 芸を教え込んでいるのか? おすわりって事か?)


きょとんとして、文字通り目が点になる。


「すぐ暴れるな」

「うほうほ!」

イェルガーは口を片手でおさえ、そっぽを向いた。

時刻は九時五十六分。そのまま部屋から出ていった。


(え? なに今のやだ。もしかして笑った? あれで? いや、怒ったのか?)


もし怒ったのなら追い出されたりしないよねと、不安になった。


次の日もその次の日も、夜九時になっても十時になってもイェルガーはこなかった。


(これは相当お怒りのようです)

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