ツァイトガイスト -Zeitgeist-
@ome_satoshi
序章 prelude
走馬灯の十二ページ目に刻む景色はきっと今だ。
足元をつま先で軽く叩き、態勢を低く落とす。そのまま右手で腰からブレードを抜いて構えながら、エレフェリアはそう思った。
緊張はしていない。今の感覚に何か言葉を当てはめるなら、それは「期待」だろうか。自分ならきっとやれるはずだ、という確信。
小さな体育館のような場所だった。天井に規則正しく並んだ照明が空間全体を照らしている。足元こそ無骨な打ちっぱなしのコンクリートだが、少し整えればそのまま球技の試合でもできそうな空間である。
ただ、目下そのような平和的な状況ではなかった。辺りの床や壁にはそこかしこに、削れて間もない傷や、大きな凹みが見えている。まるで、ここが戦場であるかのように。実際、それは必ずしも嘘ではない。
「……ッ」
間合いを測って後ろにステップ。そして、先ほどまでエレフェリアが立っていた座標に、重たい金属の塊が通り過ぎる。
エレフェリアが向かいあっていたのは人型の機械であった。エレフェリアも身長が低い方ではないが、目の前の機械はさらに一回りも二回りも大きい。腕や脚は丸太のように太く、少なくとも
右腕が振り切られた隙に一気に脇へ踏み込もうとするが、そこに再度、逆の腕の払いが来る。慌てて靴に体重を乗せブレーキ。
ブォンッ、という風を切る音と、一瞬遅れてやってきた風圧が髪をはたく。これも当たれば致命傷だったであろう。一瞬一瞬気を抜けない。
何よりも死なないこと。割に合わないから。
訓練期間中何度も教官に言われたことが頭をかすめる。こうして戦闘をしている最中も冷静でいられるのは、間違いなくこれまで積み重ねた一年間のおかげである。
脳裏につらく激しい訓練が思い起こされる。何度も「今日で私の人生は終わっちゃうんだろうなあ」と感じた。肌に常に生傷が絶えない日々だった。今死んだら、走馬灯の半分くらいはこの一年のことで埋め尽くされるかもしれない。
「確かに、割に合わなかったのかも」
ひとり呟く。二度目は絶対やりたくない一年だった。それでも、得るものも間違いなくあったはずだ。そう思って前を向く。
人型魔導石採掘機械「セルウス」。今対峙しているのはS-〇〇一タイプという、主に鉱物の運搬向けに作られた最も汎用的なモデルだったはずだ。産業革命期よりこの国の経済を牽引してきたカルマン魔導ホールディングスによって作られた、魔導石採掘機械の集大成とされる代物である。完全自律型で、自己組織化による修復機能を持ち、その上魔導石の原石近くでも動作可能といった、まさしく夢の機械であった。
ただ今の我々は、その夢の機械を、過去形でしか語れない。
エレフェリアは再度踏み込む。図体は大きいとはいえ、所詮は採掘用の機械。あらかじめプログラムされた行動をとっているだけ。なので動きは読める。今度は先ほどよりも大きく前へ。
セルウスの振りかぶった右腕が、脳天からエレフェリアを圧し潰そうとする。その動作に入った瞬間を狙って、セルウスの鋼鉄の肌を縫うようにさらに右前へ。すぐ後方で床が叩かれる激しい音が鳴る。早鐘のようになる心臓の鼓動を抑えつけて、セルウスの身体に皮膚をこすりつける勢いで近づき、セルウスの裏側に回る。大きな動作の後は、自然と隙も大きくなる。人間でも機械でも同じことだ。このチャンスを逃してはいけない。弱点は背中の通気口、のそばにある回路が集積している所!
握りしめたブレードをふるい、斬るというより刺すように思い切りに突き立てる。指先から伝わる重たい衝撃。やった。間違いなく基盤ごとへし折った感触があった。
瞬間、雷に打たれたようにセルウスの全身が伸びた。かと思うとすぐに動かなくなった。
それで終わりだった。敵の気を引いて隙を作り、背後の弱点に攻撃を当てる。初めて聞かされたときは随分シンプルな手法だと感じたが、立派な確立された攻撃パターンだ。それを予定通りにこなした。
ややあって、ビーッ! とブザーが鳴り渡る。試験終了の合図だ。突き立てたブレードを力任せに抜き、腰の鞘にしまう。そして振り返ることなく、出口の方へ歩き出す。
警備部門に勤めることになった人間は、最初の一年間、研修を受ける。そして一年の最後に、各人の能力を測るための試験がある。この模擬戦闘は、試験科目の中でもその最終関門たるものだ。
技術部が用意した訓練用機と実際に戦闘を行い、制圧できるかを見せる。あくまで訓練機であるため出力は調整されているが、本物と変わらず、本気でこちらを殺しにくる。そのため、ここで命を落とす人も決して珍しくないという。
試験で命を落とすなんてバカげているのかもしれない。ただ、所詮ここで負けるような人間は、この先の勤務のどこかで結局同じ未来を辿ることになる、と言われていた。
「試験番号〇一七番、エレフェリア・ナーリヤ。以上で試験は終了だ。結果は追って通達する」
「はい、ありがとうございました」
出口で試験官に声をかけられる。追って通達と言われたが、最終試験を五体満足で終えた時点で基本的には合格である。そもそも、決して訓練生を留年させられるような余裕のある組織ではない。
これは終わりなのだろうか。あるいは始まりなのだろうか。去り際、チラリと後ろを振り返る。先ほどまでのセルウスが職員によって片づけられようとしていた。おそらくここでまた、次の試験があるのだろう。
思うところがないわけではないが、何かを思える立場にはない。この世界はそういうところだ。
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