青春レトログラード

紙鳶 紙鳶

第1話 日々は逆行する

カラッと乾いた雲一つない藍白色の寒空。暖かな図書館。古びた本棚から落ち、緑のカーペットに散らばる本。木製バットで叩かれ鈍く響く音とその周りのガヤたちのどよめき声。さらにそのバットを振り上げ、息をあがらせてる女子。


「おい、何してんだ」


――そして、それを止める僕。


「ん? なになに」


その女子は何事も無かったように、何食わぬ顔で、そういった。


「なんでそんな顔が出来んだか……図書館で暴れてんだから止めるでしょ、そりゃ」


「私を止めるだと……君は生徒会かなんかなのか!」


彼女は一瞬こちらを向いたがすぐに視線を窓ガラスへと戻しバットを振り上げ始めた。


「いや、生徒会」


「へぇ。でも別にそこは重要ではない。私を止めることが無駄無駄!」


語尾に力を入れ、それと同時にバットを思いっ切り下した。辺りにはヴァン、と大きな音が響く。


「そんなんで引き下がって図書室壊される訳には行かないよ。じきに先生が来る。さっき君が本をなげつけた先生にも謝ることになるだろうね」


「私を止めようとしたからね」


「こんなことしてなにかの利益があるわけでもない。むしろ悪いことしかないだろう」


「私には。だからやりたい放題なのさ」


「なんだって?」


ぽつりと呟かれたに思わず聞き返す。


「何でもない。とにかく君がやろうとしてることは迷惑」


「他の人に迷惑かけてるお前が何を言ってるんだ……先生が到着したぞ」


僕は図書館の入口を親指でクイッと指す。学年主任が扉まで来ていた。


「私も首を洗う時が来たのか……」


 「確かに覚悟はしなきゃいけないが、それを言うのなら足だろ」


そうしてアイツは先生に廊下に連れて行かれた。多分生徒指導室にでも行くのだろう。僕は清々しいほどに堂々と先生の後ろについて行く彼女を見ながら思う。全く、あんな奴がこの進学校にいるとは、と。


◇◆◇


 「それで君は人の下駄箱の前で何をしている。変態か!」


 「お前を待っていたに決まっているだろう」


 「んはー。人の靴箱を開けて中身を見ているものだからSでもやってキマッているのかと」


 まだ帰っていないか確認していたところ不服ながら変質者扱いされてしまった。独特な笑い声でヘラヘラといった。


 「シャブのことをSというとは……中々の上級者ぶりだね。尼間あまま あま


 「なぜ私の名前を知っている!」


 「幼馴染だろう、僕らは」


 僕と尼間は保育園からの幼馴染だ。だからこそ今日の行動が気になってこうして話を聞こうと待っていたのだが変態よわ貼りされてしまった


 「やだな、だん。保育園から高校まで同じなだけでしょ」


「それを幼馴染だというんだ」


「別に暖とは馴染んでないからなー。というか、なんで待ってるの」


 屁理屈のように聞こえるが尼間の言っていることは正しいのかもしれない。僕らは中学に上がるにつれ、つるむことは無くなった。案外男女の仲なんてそれくらいのものなんだろう。


「なぜ待っていたのかって、そりゃ——」


「みなまで言うな、なんとなく分かる」


いきなり遮られたのと、分かるならなぜ聞いたのか、という2つの謎と驚愕を押し付けられ、たじろぐ。


「つまり告白、かな?」


「わーお」


新たな驚愕がまた1つ。まさかの一言一句、一ミリ一寸もあっていなかった。


「全く違……」


「『全く驚きだよ』だって? まあね、このくらい序の口かな」


「違う」


「冗談冗談。なんであんなことをしてたのか気になってわざわざ待ってたんでしょ? 暖らしいよ」


僕のことをよく理解しているような口調が、心が見透かしているような振る舞いが、照れくさかった。


「話が聞きたいんでしょ。いいよ、一緒に帰ろ」


◇◆◇


 「まずどこから話したらいいのかな?」


 午後5時半、改札を抜けて尼間は喋り出す。


 「……」


 だが次の言葉はなかなか出てこなかった。


 「えっと、じゃあなんであんなことをしてたのか、とか教えてよ」


 僕の方から尼間に喋りかける。尼間は俯いてこっちを向いてを繰り返して何を言おうか困っているようだった。


 「それを話すためにはまず長い話を聞いてもらう事になるんだけど」


 「うん」


 「それでもいい……なら話してもいいのだけれど」


 「それでもいい」


 殺風景な田舎の駅のホームに風がふく。秋風は線路を越えた先にあるフェンスの奥に茂ったススキを揺らす。


 「そこまで言うなら聞かせてあげなくちゃだね。私に一週間前、いや、一週間後に起きたことを」


 僕の胸が高鳴る。


 「一週間後に、私の『明日』は奪われた」


 未来のことのはずなのに、もう起きたことのように話す彼女。その後、僕は知ることとなる。彼女は僕とは文字通り真逆の生き方をしていると。


 「つまり、暖が9日から10日へと進む時、私は8日へと戻ってしまうの」


線路を伝う列車の響きが足の裏に響く。
















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