ピヨコ♂♀鑑定システム

魚市場

ピヨコ♂♀鑑定システム

静寂の支配する白一色の部屋。壁、床、天井までも、すべてが真っ白で、まるで周囲に何もない、あるいは何も存在しないかのようだ。部屋の中央には一つの作業台が置かれ、その前に痩身で眼鏡をかけた男が一人、静かに座っている。その眼鏡のレンズが光を反射し、わずかにきらめく。彼は小さく背を丸め、待機しているが、その視線はどこか物憂げで、不安と好奇心が交錯した表情を浮かべていた。


しばらくすると、右側の扉が音もなく開き、作業着を身にまとった、恰幅の良い男性が姿を現した。男はその堂々たる体躯と立派な髭から、まるで巨大な達磨のように見える。髭は濃密で威厳があり、頬まで覆うように生えているため、彼の表情を隠しているかのようだった。平たい白い箱が三つ、整然と重ねられて彼の腕に抱えられており、何かを厳かに運んできたかのような風格を漂わせている。


「さて…これから行う作業の説明を始めましょう」

達磨が低く重々しい声で話し始めた。


彼は眼鏡の前に立ち、一つずつ箱をテーブルに置きながら続けた。

「君には、これからこの箱の中にいる『ピヨコ』たちの性別を判定してもらう仕事をしてもらいます。ここには数十匹のピヨコがいて、その中からメスだと感じたピヨコを、この空の箱に入れてください」

彼は白い空の箱を指し示した。

「判断がつかなければ、この黒い箱に入れるように」


眼鏡は軽く手を挙げて、ためらいがちに質問した。

「あの…私、ピヨコのオスとメスの見分け方について、特に知識がなくて…」


達磨は小さくうなずき、まるでそんなことは想定内だと言わんばかりの態度で答えた。

「気にするな。ただ、直感でメスだと感じたらそれで構わない。直感とは、人が時に本質を見抜く力だからな」


眼鏡の男は少し戸惑い、ため息をつきながら「はぁ…」と返事をした。


達磨は微笑を浮かべ、さらに説明を続けた。

「そうそう、最後に大事なことを一つ。ピヨコは同性同士で集まると、繁殖して数を増やす性質を持っている。だが、異性同士でしばらく一緒にいると、互いにストレスが溜まり…いずれ灰のように消えてしまうのだ」


その話を聞いた眼鏡は、ますます不安に駆られたが、達磨はその表情に気付く様子もなく、右側の扉からさっさと部屋を出て行った。


眼鏡は深呼吸をし、目の前の白い箱の中を覗き込んだ。そこには小さなピヨコたちがピィピィと鳴きながら動き回っている。彼の手が一羽のピヨコに触れると、その小さな生き物がかすかに震え、短い鳴き声を上げた。何もかもが未知で、不確かな感覚の中、眼鏡は慎重にそのピヨコをメスの箱へと入れた。


時が経つにつれ、彼は次々とピヨコを選び続けた。あるピヨコは鳴き、あるピヨコは静かにしていた。鳴かないピヨコは直感に従い、黒い箱へとそっと置かれることになった。


作業に集中している間に、時間が経つのも忘れていた。ふと、気付けばメスの箱の中のピヨコの数が増えているように思えた。達磨の言葉を思い出し、眼鏡は少しだけ驚きとともに頷いた。


やがて部屋のブザーが低く鳴り響き、達磨が再び現れた。今度は二つの白い箱を重ねて持っている。作業着に包まれたその姿は、まるで神聖な儀式を監督する司祭のようにさえ見えた。「お疲れ様、これで最初の作業は終わりだ。だが次の作業がある」と彼は告げた。


次は、箱の中からオスのピヨコを選定するという。作業の手順は同じで、オスだと思うピヨコを新しい空の箱に、分からなければ黒い箱に入れるように指示された。


眼鏡は再びピヨコを一羽ずつ手に取っては箱に振り分ける作業に没頭した。数時間が過ぎ、ふと気が付けばオスの箱の中のピヨコの数も、確かに増えている。


そして再びブザーの音が響き、達磨が現れた。

「これで作業は完了だ。ご苦労だったな」

と彼は言い、彼の指示通り、眼鏡はメスとオス、そして黒い箱をまとめて持つように言われた。

「あの扉の向こうで、あなたが行った作業と、ピヨコの生態について説明するのを忘れないように」

達磨は一礼し、静かに右側の扉の中へ戻っていった。



眼鏡は三つの平たい箱を手に取り、左側の扉へとゆっくりと足を踏み入れていった。


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