29
好きな人とは一秒でも長く一緒にいたいから。僕は陽希と登校の時間も合わせることにした。
「おはよう、陽希!」
「おはよう」
駅までの道を歩きながら、陽希は言った。
「なんか……昨日のこと、後半よく覚えてないんだけど……」
「今日はバイバイってことで、僕からキスしようとしたら陽希が逃げた」
「心臓持たないって。ペース落としてくれる?」
電車の中で、僕たちは相談した。
「なあ千歳、静人と大我には言った方がいいよな……」
「そうだね。放課後話そうか」
静人と大我の反応は、実にあっさりしたものだった。静人がこんなことを言った。
「ああ、そう……やっと?」
大我はこうだ。
「二人が両想いなのは分かりきってたからさー。とっととくっつけよ、って静人とずっと話してたんだよ」
僕は拍子抜けしてしまった。最悪、軽音部の存続が危ういのではないかとまで考えていたからだ。いつもの席に座り、今度は静人がこんなことを話した。
「次の目標決めない? 僕たちならもっとできる。オリジナル曲作ろう」
陽希が言った。
「えっ、静人って曲作れるの?」
「ちゃんと作ったことはないから勉強する。それで、歌詞は千歳に作ってほしい」
名指しされるとは思わなかった。
「ぼ、僕? 歌詞なんて書いたことないよ?」
「全員で手伝うから。千歳の素直な気持ちを歌詞にしてみよう。まあ、千歳が嫌なら無理強いはしないけど」
「そうだなぁ……うん……最初からダメだって決めつけるのは良くないよね。やってみる。頼むよ、陽希、静人、大我」
コンコン、とノックの音がした。僕が扉を開けた。大西先生だった。
「みんな、昨日はお疲れさま! めちゃくちゃ良かったよー!」
陽希が調子よく言った。
「ありがとう、美音ちゃん!」
「だから、美音ちゃん言うな!」
静人が、オリジナル曲を作る計画について話すと、大西先生はぱあっと明るい笑顔になった。
「それいい! 録音してCDに残してもいいし、オリエンテーションの部活紹介動画にも使えそうだし……とにかくまぁ、その辺りのことはわたしにも知識があるから。君たちらしい曲、作ってよね!」
その日は早めに解散した。電車の中で、陽希が言った。
「今日さ、俺の家に来ない? そっちの方がゆっくり話せるし」
「うん、行きたい!」
陽希の家はマンションの九階だった。初めて入る陽希の部屋は、僕の部屋より狭いが整理整頓されていて、スッキリした印象を受けた。
「えーと陽希、どこ座ればいい?」
「ベッドでいいよ。あっ、見せたいものがある」
僕が先にベッドに腰掛けると、陽希はクローゼットの中から大きな紙袋を取り出した。
「これ、千歳に貰ったものコレクション」
その紙袋の中には、いつか陽希が言っていた折り紙の手裏剣や、今年の誕生日にあげたコーヒーの缶、星が描かれたメダルのような丸い紙などが入っていた。
「うわぁ、マジで残してたんだ」
「……引いてる?」
「多少は。でもさ、なんかそういうのまで可愛く思えてきちゃった」
「なんで俺の方が可愛いって言われてんの?」
「だって可愛いから」
陽希も隣に座り、僕はこんなおねだりをした。
「ねえ、クリスマスイブは絶対デートしよう。彼氏でしょ?」
「おいおい、気が早いなぁ」
「そんなことない。あと一ヶ月ちょっとじゃない。それで、お揃いの物欲しい」
「ああ、いいなぁ……」
僕たちはスマホで、お揃いのアクセサリーについて検索を始めた。僕も陽希もそんなにお金を持っているわけじゃない。高い物は買えない。それでも、常に身につけておけて、恋人の印になるもの。
「陽希、ピアスは? こわい?」
「ん……ちょっとこわいけど。千歳と一緒に開けるなら、大丈夫かも」
「まあ僕もこわいんだけどさ。ピアスなら、つけっぱなしにしてるから失くすことないし、そうする?」
「うん、そうしよう」
僕は陽希の手の甲に自分の手のひらを重ねた。
「陽希の手、おっきいねぇ」
「千歳の手はあったかい」
「そろそろ帰らないとダメだしさ。その、陽希……」
「んっ……」
一度目のキスより、倍くらい長い時間、僕たちは触れ合っていた。
「好きだよ、陽希。また明日、学校でね」
「……おう」
帰宅してから、僕は居ても立ってもいられなくなって、姉に陽希と揃いのピアスを買うことをメッセージで報告した。姉には昨日、付き合ったことを直接告げていて、祝ってもらっていたのだ。
そして、姉も姉で、婚約者ができたことを両親に話したようだった。来年、お正月にその彼が来るらしい。
僕はグレーキャットの歌詞を書き写していたノートを開いた。その後ろのページに、僕自身の歌詞を書こうと考えたのだ。
――僕と陽希の物語にしよう。
そう決めて、思いついた単語をノートに書き留めていった。
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