22

 夏休みは終わった。始業式の日、早めに目覚めてしまった僕は、家で時間を潰さずにすぐ登校した。誰もいない一組の教室。自分の席に座り、机に突っ伏した。

 フェスが終わった後、僕は父に車で迎えに来てもらう羽目になってしまった。救護所の係の人に高校生であることを知られ、保護者を呼ぶように言われたのだ。

 父への電話は陽希がしてくれた。そして、父が来るまで付き添ってもらって、陽希も一緒に車に乗った。

 車の中では、父に体調管理がなっていないとこっぴどく叱られた。それをなだめてくれたのが陽希だ。


「俺が千歳くんの体調に気付いてあげられなかったのも悪いんです。そんなに責めないで下さい」


 ――本当に、本当に、本当に情けない。


 僕の自業自得だというのに。陽希は罪をかぶってくれようとした。


 ――そういえば、運ばれた時のアレ。お姫様抱っこだったよな。


 僕と陽希の姿は大勢の人たちに見られていたはず。今すぐ消えてしまいたい。そうもいかない。


「千歳! おはよー!」


 背中をすりすりとさすられた。もちろん陽希だ。僕は顔を上げた。


「……おはよ」

「早いんだな」

「目ぇ覚めちゃって」


 陽希は空いていた僕の後ろの席に勝手に座った。僕は振り返った。


「なんだよ千歳、まだ気にしてんの?」

「だって……だって……」

「今日は午前で終わりだろ。静人と大我も誘って昼メシ食いに行こう!」


 始業式とホームルームが終わり、駅前のファーストフード店に四人で行った。テーブルの上には山盛りのポテト。僕はそれに手をつけずに、一番安いハンバーガーをもしゃもしゃと食べていた。

 静人が言った。


「考えてたんだけど。曲の順番変えない? フェスでフォーマルハウトが最後の曲だったんだ。あっちの方が盛り上がると思う」


 静人の案はこうだ。最初は「遠雷」というのは変えない。その後、メンバー紹介だけの短いMC。「サクラナミキ」をして、次は少し長めのMC。そして「フォーマルハウト」で締める。


「どうだろう、陽希」

「俺は賛成。千歳にはMC考え直してもらう必要があるけど……」


 大我が口を挟んだ。


「オレ、手伝う。任せとけって。フェスで色んなバンドのMC聴いたし、感覚わかってきた」


 ダメだ。引きずっていても仕方がないというのに、気分が乗らない。ハンバーガーも味がしない。発泡スチロールでも食べているみたいだ。

 陽希がぷにっ、と僕の頬を指でつついてきた。


「……何するんだよ」

「元気出せって千歳。文化祭成功させてさ。最高の思い出作ろう。なっ?」

「うん……」


 静人と大我も気を遣ってくれているのだろう。フェスの話はそれ以降しなかった。話題は十月にある中間テストのことになり、そこから発展して受験のことになった。ここにいる四人全員、大学を目指すということがわかった。

 店を出て、静人と大我と別れ、陽希と電車に乗った。平日の昼間。空いていたので陽希と隣り合って座った。


「なあ、千歳……いつもの公園でもう少し話すか?」

「気ぃ遣わなくていいよ……」

「俺が話したいの。どうせ帰っても暇だしさ。なっ?」


 結局、ジュースを買って公園のベンチに座った。相変わらずこの公園には誰も来ない。すべり台が寂しそうだ。

 陽希が一方的に語り始めた。


「高校生活なんてあっという間だよなぁ。俺たち四人、大学バラバラになるかもしれないしさ。そう思うと、この四人で音楽頑張った、っていう記憶をガツンと残したいんだよ、俺は」


 僕は相槌すら打てず、すべり台を眺めているだけだった。陽希は続けた。


「社会人とかになったらさ。きっと高校生活を懐かしく思うんだろうな。こうして毎日千歳と会うわけにもいかなくなるだろうし。ははっ、今から切なくなってきた」


 陽希の言う通りだ。高校生の「今」は、過ぎてしまえば二度と戻らない。ここでくすぶってる場合じゃない。ようやく、僕は口を開いた。


「僕……頑張る。陽希は僕のために身体張ってくれた。お返しがしたい」

「そういうこと、気にするなってば」

「僕の気が済まない」


 ぐっと拳を握り、大きく息を吐いた。そして、宣言した。


「僕が、いや、僕たちが、最高のステージを作る。一生の思い出になる、熱いやつにしたい」

「……んっ。俺も」


 陽希は僕の肩に腕を回してきた。ぴくん、と身体がはねてしまった。そして、ぐっと引き寄せられた。


「ちょっ、陽希、近いって!」

「あ……ごめん。でも少しくらいいいじゃないか」

「よくない!」


 僕は陽希の腕を振りほどくために立ち上がった。そして、座ったままの陽希の正面に立って見下ろした。


「僕、いつまでも守られてばかりのガキじゃないから! 陽希のこと、歌で引っ張れるようになるから!」

「おっ、気合い入ってきたな」

「そうだよ、僕は歌に懸けるよ! 着いてきてよね!」

「もちろん!」


 僕たちは同時に手を差し伸べた。僕は陽希の手を握って引き、立たせた。


「俺を信じろ、千歳。お前の後ろ姿、しっかり見守っててやるから」

「陽希も僕を信じて」

「信じる。千歳なら最高の歌が歌える」


 文化祭まであと二ヶ月。立ち止まってなんかいられない。

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