15
終業式が終わり、夏休みがやってきた。出された大量の宿題に呆然としたものの、この夏は楽しみがたくさんある。ミナショーの夏休みがその一つ目だった。
午前四時。まだ日がギラギラと照りつける中、僕はキャップを目深にかぶっていつもの公園で陽希を待った。
「よう! 行こうか千歳!」
「うん」
ミナショーは駅とは反対方向だ。懐かしい通学路を陽希と並んで歩く。途中、児童館があり、僕は立ち止まった。
「陽希も通ってたよね? 学童保育……」
「おっ、そうだぞ! その時に千歳と仲良くなったんだからな?」
「段々思い出してきた。一緒に迷路描いたよね?」
「そう! あの時の自由帳、俺の部屋にまだあるぞ?」
ミナショーの校門には、生徒が作ったのだろう、拙い字と絵の夏祭りの看板が立っており、会場への順路も書いてあった。それを見なくとも行ける。階段をのぼり、大きく開けた運動場へ出た。
いくつかのテントが立ち並び、小学生が群がっていた。パッと見えるのは、スーパーボールすくい、ヨーヨーつり、千本引き。甘い香りもするので、何か食べ物も売っているらしい。
まずは運動場の入口に一番近いテントで「お楽しみ券」を買った。せっかく来たのだ。何かやりたい。
「千歳、俺スーパーボール欲しい!」
「いいよ。行こうか」
僕の予想通り、ここにいるのは小学生と地域の大人だけ。高校生の僕たちは浮いていた。でも、いざポイとボウルを渡されるとそんなこと気にならなくなった。ソーダみたいに青くて綺麗なスーパーボールに狙いを定める。
「よし!」
お目当てのものはすくえたものの、ポイが破れて半分くらいになってしまった。まだいけるか、と次のものに挑戦したが、見事にボロボロになってしまった。
「あーあ、僕一個だけだぁ。陽希は……えっ」
見ると、陽希はホイホイと大量のスーパーボールをボウルに入れていた。ポイは全く破れていない。
「よっ、ほっ」
小学生たちがわらわらと陽希のところに寄ってきた。
「お兄ちゃんすごーい!」
「いけいけー!」
係のおじさんが声をかけた。
「そこのお兄さん、もうストップ! なくなっちまうよ! どのみち、あげられるのはすくった中で一つだけ!」
「なんだ、そうだったんだ」
陽希は派手な赤いマーブル模様のスーパーボールを選んだ。
「陽希、上手だねぇ」
「こういうのは自信あるんだよ」
綿あめの屋台を見つけた。甘い香りはここからだったらしい。列に並び、割りばしを渡され、自分で綿あめを巻きつけるのだが……。
「わー! 陽希、これからどうすればいい?」
思った以上に綿あめが出てくるスピードが速く、僕は混乱してしまった。
「焦んなって! 俺も手伝う!」
僕の手に陽希の大きな手が重ねられた。それから、丁寧に巻き取っていく。二人で作り上げた綿あめは、楕円形の美しい形になった。
「千歳、あの鉄棒辺りで食おう」
「わかった」
僕たちは鉄棒に寄りかかり、一つの綿あめを分け合って食べた。陽希が言った。
「この鉄棒、こんなに小さかったっけな。あの時は大きく感じたのに」
「あの時?」
「千歳、鉄棒上手だったろ。俺は下手くそでさ。教えてもらってたんだぞ。それも覚えてない?」
「うーん、そんなこともあったような、どうだったかな」
すると、向こうの方から僕たちに手を振って駆け寄ってくる女性の姿があった。
「植木くん! 房南くん!」
「青井先生!」
三年前とちっとも変わらない、優し気な丸い頬をした音楽の青井先生だった。
「来てくれたんだ! 先生嬉しい! 二人とも背が伸びたねぇ!」
陽希が青井先生に説明を始めた。二人ともミナコーに進んだこと。そこで軽音部を結成したこと。文化祭に出るつもりだということ。青井先生は、ニコニコと相槌を打ちながら聞いていた。話がひと段落したところで、僕は口を開いた。
「僕、青井先生のおかげで音楽が好きになって。それで今もボーカルやってます。音楽会でソロパートを任された時、不安でいっぱいでしたけど……あれはいい経験だったと思ってます」
「そうなの。良かったぁ。音楽は、人生を豊かにしてくれるからね。植木くん、房南くん、これからも音楽を楽しんでね」
青井先生は、用事があるようで立ち去り、僕は残っていた綿あめを二等分して陽希に渡した。最後の一口をじっくりと味わい、僕は陽希を見上げた。
「ん、どうした千歳」
「連れてきてくれてありがとう、陽希。正直さ、小学生の時の陽希は苦手だったけど。今はその……親友だと思ってるから」
陽希はきゅっと唇を結び、僕を見下ろしてきた。そして、陽希の目からは一筋の涙が流れた。
「えっ、ちょっと、陽希?」
「ごめんな……ごめんな千歳。小学生の頃のこと、思い返したらさ、やっぱり酷いことしてたよなってやっと気付いて……後悔してたんだよ……」
「だからこの前も言ったじゃない、許してるって」
「こんな俺を親友って言ってくれるの……?」
「うん……そうだよ」
陽希はぐしぐしと手の甲で涙をぬぐった。
「千歳。文化祭、絶対成功させような。俺が支える。演奏も、気持ちも」
「僕だって陽希のことを支えるよ。僕たちは対等でしょ。ねっ?」
「そうだな、千歳」
僕たちは、思いっきりハイタッチをした。
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