14

 期末テストも面談も終わり、もうすぐで夏休み。金曜日ということで、音楽室で音合わせをした。陽希は目を見張るほど上達していて、静人はそれに感心していた。


「……凄いね。きちんとリズムをキープできてる。基礎練、相当してるでしょ」

「まあな! テスト中もそれだけは欠かさずやってた!」


 静人は僕にも言ってくれた。


「千歳も声が出るようになってきたね」

「その……筋トレもしてるしね」


 そして、大我には厳しかった。


「さっき難しいとこ誤魔化したでしょ。ボクにはわかってるんだからね」

「はぁい」


 部長は陽希だが、演奏になると、知識も実力もある静人が引っ張る。こうして、僕たちの形ができてきた。もう一度最初からやってみようか、という時に、大西先生がきた。


「おーい! 夏休みの音楽室の割り当てが決まったよ! 人数分コピーしてあるから渡すね!」


 夏休みは、土日は校内に入れなくなる。その代わり、平日は午前と午後に、僕たち軽音部、吹奏楽部、合唱部が割り振られていた。陽希が叫んだ。


「おっ! めっちゃ使える! 練習し放題!」


 大西先生が言った。


「くれぐれも、鍵の管理と後片付けはきちんとしてね? でないと音楽室使えなくなるからね!」


 僕たちは、揃ってはーいと返事をした後、大西先生にも演奏を見てもらうことにした。


「……うんうん、やるじゃない。できてるよ、サクラナミキ。ただ、ドラム経験者目線での意見を言わせてもらおうかな?」


 それからは、大西先生が陽希にべったりついて指導を始めた。静人はさっき渡された音楽室の利用割り当て表にペンでラインを引き始めた。


「静人、何してるの?」

「ん……おおよその目標。夏休みの間に一気に仕上げた方がいい。三曲全部、通してできるようにしたいね」


 それから、それぞれ個人練習をして今日の練習は終わり、陽希と一緒に高校を出た。まだ外は明るい。日が落ちる時間までがすっかり長くなった。


「なあ千歳、話したいことあるし、今日も公園寄ろうよ」

「話したいこと?」

「まあ、大したことじゃないんだけど」


 自販機でジュースを買い、ベンチに腰をおろした。まだセミがうるさく鳴いており、始まったばかりの夏の力強さを感じさせられた。


「千歳、夏祭り行かない? ミナショーの夏祭り!」

「ええ……ミナショーの?」


 僕たちの出身校、湊小学校。七月になると、運動場で夏祭りが開かれるのだが、小学生と地域の老人向けのささやかなものだ。


「僕たちもう高校生だけど……」

「行こうよ。あそこには色々思い出が詰まってるしさぁ。先生にも会えるかもしれないぞ?」

「ああ……会えたら嬉しいかも」


 僕が一番会いたいと思ったのは、音楽の青井先生だった。ふっくらと太った中年の女性で、僕の歌声を聴いて絶賛してくれたのだ。思えば、僕が音楽を好きになったのも、青井先生のおかげかもしれない。


「俺、千歳と夏の思い出たくさん作りたいんだよ。なっ、いいだろ、なっ?」

「えっと……いつ?」

「七月三十一日。空いてる?」

「空いてる。まあ、軽音部の練習以外はどうせ暇だし。いいよ」

「やった!」


 それから、陽希はこんなことを聞いてきた。


「中学の時は祭りとかなかったわけ?」

「あったけど一度も行かなかった。僕、友達いなかったしね。ただ、祭りばやしは家まで聞こえてきて。それなりに大きいお祭りだったと思うよ」


 祭りの日は、両親は手伝いで駆り出されていた。地域に馴染むためには必要だからって。僕の知らないところで、大人の苦労というものは多かったに違いない。


「じゃあさ……田舎で好きな人とか、できなかったの?」

「ええっ? 友達付き合いすらろくにできなかったんだから。そんなのないない」


 僕はぶんぶんと手を振った。


「陽希こそどうなのさ? どうせ僕と違ってモテたでしょ?」

「まあ、何回か告白はされたけど……」

「ほらー。で、付き合ったの?」

「ううん。全部断った。俺、本当に好きな人とじゃないと付き合いたくないからさ」


 ――おっと意外。いつもヘラヘラ愛想振りまいてるのに、硬派なんだな。


「思い出した。静人と大我に、好きな人いるかどうか聞いたら、二人とも秘密って言うんだ。陽希は?」

「えー? じゃあ俺も秘密!」

「なんだよ。勝手に親友認定してきたくせに。教えろよ」

「やーだね」


 陽希はおどけて舌を出した。僕は陽希の脇腹をつんとつついた。


「やめろよ! そこ弱いんだよ!」

「じゃあもっとする」

「あはっ、あはっ、やめろって!」


 とうとう陽希はベンチから立ち上がって逃げ出した。さすがにそれ以上は追う気にならず、僕は手を引っ込めてやった。


「……なんか、千歳って、変わってないと思ったけど変わった?」

「そうかな?」

「小学生の頃は、俺にちょっかいなんてかけなかったじゃねぇか」

「あの頃は……そうだなぁ。こわかったんだよ。いじりがいじめになったらたまらないと思ってさ」


 すると、陽希はベンチに座り直して、じっと僕の瞳を見つめてきた。


「ごめんな。嫌だったんだよな」

「もういいって。許してる。さっ、そろそろ帰ろう」


 あの頃は、子供だったんだ。僕も陽希も。そして、当時の僕たちのことを見つめ直すためにも、夏祭りはいい機会になるんじゃないか、そんな気がした。

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