理想と現実

 花の香りがする保健室。落ち着く香り。


 目が覚めると周りには、凜、志保、早百合、成瀬が居た。


 俺は自分の手を上げ見つめる。この手は、汚れている。誰かの手を握る資格もない。ただ、離すこともできない。


 俺は作り笑いをする。


「ごめんなさい」


 早百合が言う。大丈夫だ君は何も悪くない。


「成瀬から話を聞いたの、私はなんてことを」


「大丈夫だよ」


「ごめんなさい」


 ごめんなさい、としか言っていなかった。


「私たちも話を聞いた。その、大変だったな」


 どうやら、早百合たちは成瀬から聞いたみたいだ。相馬が話していない、本当のことを。


「そうですね、けど、俺の手はもう汚れているんです」


「汚れてなんかいない、君は大切な人を守ったんだ」


「守ったか」


 保健室には、花の香り以外に悲しい匂いがした。


「早百合、俺のこと嫌いか?」


 俺は知りたかった。あの時言ったことは本当なのかを知りたかった。


「違う、私は相馬から話を聞いて、あなたのことが怖くなったの、写真を見せてもらった。その写真はあまりにも君じゃなかった。だから、私を騙してるって思ったの。

 本当は性格が悪くて、いつか豹変してあの姿になるんじゃないかなって、それに、相馬を殴った原因が分からなかったから余計に怖かった」


 そっか、色々説明不足だったな。勝手に全て分かっていると思っていた。


 あの姿か、どうしても思い出したくない、忘れよう、今だけは。


「相馬を殴った原因は、志保が可哀そうだったからだ。動画にもあったようにあいつは志保を利用していた。利用してるって言った時怒りが沸いた、お前はそれほど優れている人間なのかって、人の気持ちを弄んで楽しいのか、こいつは殴らなきゃダメだって思った。だから、殴ったんだ。殴らないと志保の悲しみや、俺の怒りが落ち着かなかった」


「それで、あの姿は、そうだな、」


 言葉が見つからない。どれだけ探しても、深海の奥を探しても、見つからない。

「あの姿は、何も言えない」


「そうだったんだ」


 早百合は暗い表情を浮かべながら言う。


 人を傷つける人が許せない。


 人は、自分が一番の生き物だ、必要のないものは排除する。そんなのってあんまりじゃないか、俺はそんな人間になりたくない、全員が必要だ。俺の人生で誰も泣かしたくない。


 俺が犠牲になれるならなってやりたい。


 せめて、俺の隣に居るなら幸せに笑っていて欲しい。悲しむことのない人生を歩んで欲しい。


 けど、理想と現実は違う。


 必ず邪魔者が出てくる。


 人を傷つける人が出てくる。


 怒らせる人が出てくる。


 理不尽な人が出てくる。


 悲しくさせる人が出てくる。


 あまりにも、傷つく機会が多い。


「俺は、俺の隣に居る人たちは幸せであって欲しいんだ、いつだって笑っていて欲しい」


 理想を語る。


「だから、俺のことが苦手だと思うなら俺と距離を置いてもいい」


 早百合の方を見つめる。


「私は、あの時言ってしまったことを後悔している。私はあなたに興味があるの、だって私に興味無さそうで忖度もしてくれなかった。それが嬉しかった。


 けど、私は君を傷つけた、思ってもないことを言ってしまった。」


 容姿端麗な女性は様々なストレスがある。本当はその人に興味がないのに近づいて来る人、勝手に期待される。模範生でなくちゃいけない。いい事なんて1つもない。

 深く反省していた。ずっと神に願い続けるみたいに。


「私は、あなたの隣に居てもいいのかな、あんな酷いことを言ってしまったのに隣に居てもいいの」


「いいよ、許すよ」


「なんで、なんでそんなに優しいの、私は、あなたのことを雑な扱いをしていたんだよ。それに相馬の話を信じて、本当のことを知らないであなたを傷つけた、それなのに許すの」


「ああ、それでも、許すよ。」


「なんでよ」


 泣きながら、後悔しながら早百合は言う。


「失ったんだ」


 周りの人たちは俺を見る。


「まだ、今は言えないけど、いつか話すから信じて欲しい」


 まだ、俺自身向き合えていない。忘れるように逃げていた。だって、認めると、俺と成瀬の心にある何かが消えてしまうか。


 滲む視界で、天井を見つめる、いつか、言える時が来るのかな。


「私は信じるよ」


 志保は言う。


「私も」


 凜が言う。


「お前は次の生徒会長だぞ、自分に自信を持て」


 なんも、慰めになってませんよ。


「私は、ずっとあなたの隣に居ると決めた」


 早百合が言う。告白ですか?と心の中で思うが今は気にしないでいよう。


「今度は信じてくれよ」


 冗談交じりに言い。俺は体を起こす。


「さてと、みんなでパフェを食いに行こうか」


「じゃあ、私はイチゴパフェで」

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