ゆずれない「1」がある
岩悠
第1話『初登校』
プロ野球のテレビ中継を、母親の隣で1人の子供がブカブカのユニフォームを着ながら、テレビ画面にかじりついていた。
「あっと!ショート古村、打球を捕りきれず、ランナーはそれぞれ進塁!」
実況のアナウンサーが声を上げる。
「これでノーアウト満塁となりました!点差は4対3の1点差!絶対絶命のピンチとなりました!」
守ってる側のチームがタイムをとり、内野手とベンチから出てきた監督がマウドに集まる。
テレビから見ていても暗い雰囲気が伝わる中、1人だけ笑っている選手がいる。
その姿を見た少年は、同じ様に笑った。
「慶!遅刻するわよ!早く起きて!」
一階から聞こえてくる母親の声に無意識に反応し目が覚めたが、眠気の方が勝り、もう一度、目を閉じた。
「慶!いい加減にして!」
目を吊り上げながら母親は部屋に入り、窓のカーテンを開ける。
窓から陽が差し、顔にあたると眩しすぎて飛び起きた。
「…起きてたから」
「起きてる人が、そんな眠そうな顔をするわけないでしょ。早く顔を洗ってきて」
領地を占領されてはと、渋々だがベッドから起き上がり、階段を降りて洗面所に向かう。
洗面所で顔を洗い、鏡に映る自分の顔を見つめ、「お前もとうとう高校生か」と呟く。
食卓に向かうと、いい匂いが腹を刺激してきて、空腹の鐘が鳴る。
朝食を終えると部屋に戻り、気慣れていない少しブカブカの制服に身を通す。
ネクタイの付け方なんて分からず、適当に結って部屋を出た。
玄関で靴に履き替えていると、母親が見送りにくる。
「見送りなんかいらないよかーさん」
「高校初日なんだからいいでしょ!それに、そんだけ似合ってない制服なんてめったに見れないじゃない(笑)」
母親は笑いながらそう言った。
「本当にこれがピッタリなサイズになるのかよ?」
「ご心配なく。もしかしたら、逆にキツくなるかもよ?」
そう言うと、母親はまた笑いだし。これ以上は付き合ってられないと、家を飛び出した。
門を閉め、自分の姿を見渡している少年の名前は、
普通のどこにでもいる平凡な高校1年生。
大きな夢と希望と青春を抱いたピカピカの1年生達が集う駅で、慶だけが空っぽの気持ちを抱いて電車を待っていた。
電車が駅に入ると、なるべく人の少ない車両を見計らって電車へと乗り込む。
目測は大当たり。余裕で座席に座れた。
発車のベルが鳴り響く中、ギリギリ電車に乗り込む少女。
少女は、乱れた息を整えて、慶の隣へ座ってすぐ、生徒手帳を開いて何かブツブツと独り言を放つ。
聞こえるか聞こえないかレベルの独り言は気にならず、慶は静かに目を閉じ、目的地に着くまでの間、眠りにつこうとした。
独り言はすぐに収まり、これで目的地までゆっくり寝れると思った矢先、今度は明らかに耳に入ってくる音量で独り言を言いだした。
「もう!何を言ってるのこの子は!」
友達でもきたのか?
そう思いながら薄目で隣に目をやると、長い綺麗な髪を揺らしながら少女がスマホに向かって何か言っている姿が目に入った。
なに1人でブツブツ言ってるんだコイツ。
関わらないようにしよ。
そう思い、慶はまた目を閉じる。
電車の窓から射し込む春の暖かい光が心地よく、夢の中に入りかけた時、右肩に何かが乗る感覚がし、目を覚ました慶。
右肩の方を見ると、独り言を言っていた少女が寄りかかりながら、気持ちよさそうな寝息をたてていた。
おいおい…ウソだろ…
「おい、起きろ」
少女を起こそうと揺らすが、少女は「あと10分…」と全く起きる気配がない。
周りを見渡すと、クスクスと自分と少女を見る視線に耐えきれなくなった慶。
「おい!起きろって!」
さっきより声を大きくし、少女を強く揺らした時、少女の手から何かがすべり落ち、それが生徒手帳だということはすぐに分かった。
もうすぐ目的地の駅に着くので、急いで少女を起こそうと揺らしたが、全く起きる気配がない。
慶は、大きなため息をついてある決断をした。
左手を伸ばして生徒手帳を掴み、少女の手に生徒手帳を戻そうとした時、少女の寝顔が目の前になった。
整った顔に、雪のような白い肌。
これが、俗に言う『美少女』と呼ばれる分類に入る人なのか。
少女の寝顔に見惚れていると駅に着き、止まる衝撃で車内が揺れると、さっきまで何度も揺らしても起きなかったのが嘘のように、少女は目を覚ました。
目を覚ました少女は慶と目が合い、顔を赤くしながら右手で慶を平手する。
「な、何しようとしてるのあなたは!?」
そう言い放つと、少女は鞄を掴んで電車を降りて行く。
出入りする人達は動きを一瞬止めたが、すぐに動きだし。慶だけが時間が止まったように動けずにいた。
発車のベルで我に返った慶。急いで鞄を持って電車を降りる。
春風が通り過ぎると、左頬が微かに痛み、左手に握っている生徒手帳の存在に気づく。
周りを見渡すが、あの少女の姿はない。
生徒手帳の校章を見て、少女が自分と同じ清秀高校の生徒だと気づき、開くとクラスと名前が書かれていた。
「1年3組…
急に肩を叩かれた慶が振り返ると、派手なスーツを着た女性がニヤニヤしながら立っていた。
「朝から大胆なガキだな(笑)彼女、追っかけなくていいのか?(笑)」
そう言うと、その女性は後ろ手に手を振りながら改札を抜けて去っていく。
慶は大きなため息を吐き、改札を抜けて駅を出ると、さっきの女性の姿を探したが、見あたらず。さっきより大きなため息を吐きながら生徒手帳をポケットに入れて歩き出した。
桜が舞う学校までの道を歩きながら慶は呟く。
「同じクラスじゃなきゃいいけど」
春の風が、また、左頬を痛ませた。
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