いにしえの盃

つきがさ あまね ばゆこ

第1話

「まあ、わかってたけどね俺が肩叩かれるって」






「うーんノーコメント! ひでぇもんだな!とりあえずおつかれ 乾杯」




50代後半のサラリーマン男性二人組が繁華街ガード下で酒を酌み交わしていた。


金曜の夜、花金の時間帯で昔ながらの大衆居酒屋店は通常通り賑わい、ビールジョッキーと黒いエプロンとハチマキをつけた店員が交互に行ったり来たりしていた。


男性は、もう一人の男性同僚とビールや揚げ物、枝豆などを注文しプチ送別会のようなことをやっていた。

本物の送別会は先ほど開かれ、あまり盛り上がることがなかったため男性がそれとなく自ら幹事に申し出て打ち切る形で終えてきたのだった。

つまり、これは本当に仲の良い同期二人だけの二次会だった。




そう乾杯の合図が切られると中ジョッキーいっぱいに注がれた冷えた生ビールをごくごくと飲んでゆく二人。

丸の内勤務とは思えぬほどワイルドな飲みっぷりに周りのOLやサラリーマンもビックリとリアクションしながら一瞬二度見する。


中ジョッキーをあっという間に空にすると二人はため息をついた。


入社の頃と飲みっぷりは全く変わっていないことを二人は確認すると、二人は悪どい笑みを浮かべてさらに生ビールの中ジョッキーを追加注文した。




「由井、もうこの際焼き鳥全制覇しねえか?」


「おっいいね もうなんだ今日は大打ち上げ、俺の奢りでいいよ頼みたいもの全部頼めよ」




「さすが俺の同期ヨシイ!困った時はなんでも言ってくれよなあのオフィスに行くことはもうないだろうけど」


「湿っぽいこというなって向日。とにかく今日は宴だ!飲め飲め飲め!ほら」




ぼんじり、つくね、ねぎまなどの乗ったトレーが運ばれてくると、中ジョッキーを煽るペースを二人ともさらに加速させる。


あまりの飲みっぷりの凄さに周りのスタッフやお客から自然とコールが巻き起こり、ちょっとしたお祭り騒ぎのような店内の様相だった。










のーんでのーんでのんでのんでのんでのんでのんで

のーんでのーんでのんでのんでのんでのんでのんで








のんべえ!!














「あ"〜歳とるとやっぱ中ジョッキーを10杯はきついなって」


「他のお客さんのコールに煽られた感はあるよな はいお水」




「ありがとう。しかも本当におごってくれたな由井」




「あたりめーだろ役員の連中さあレイオフなんてカッコつけた言い方して………なんで長年貢献したムカイだけ」






「はは。俺の力不足だよ。仕方ないさ」














男たちはガード下の居酒屋で3時間ほど盛り上がった後、都会のオアシスの大公園にやってきた。

どんちゃん騒ぎした酔いを覚ますために。






都立公園であるここは周りをビルに囲まれており、まさに都会の憩いの場となっていた。

大自然の背景にあちこちに残業の証の灯がネオンサインとして煌めいている。


再生整備計画という大規模な公園のリニューアル計画が立っているようで、そのお知らせの看板が至る所に立っていた。




向日と由井は広い敷地に連続して並んでいる洋式風のベンチに並んで座った。

二人とも由井が園内の自販機買ってきたミネラルウォーターをちびちびと飲んだ。

7月の公園は夏休みの学生などが遠くで音楽をかけて動画投稿のためにダンスをしている。












「しっかしひでぇ話だよな。役員まであと一歩ってところでクビ切るか?会社都合、割増退職金までつけて満額一杯いっぱいとはいえなんで向日だけ」






「逆に労働意欲がなくなっていたから助かったよ 会社側にも感謝してる 由井お前にもな」






「本当にか?」




「ああ 楽しい現役時代だったよ お前のおかげでな」






「俺も楽しかったよ」




「泣くなよ」




「泣いてねーよバカ」




「はは。ほらタクシーが来た。気をつけて帰れよ


向日は由井を大通りへと誘導すると、万札と由井をタクシーにぶち込んだ。


由井は何か言いたそうに後部座席の窓を叩いていたが、向日は笑って手を振って大通りをゆくタクシーを見送った。

タクシーの車上の黄色い社名表示灯が信号待ち渋滞の中に見えなくなると、向日の表情も消えた。
















そして男は水の入ったペットボトルを持ちながら公園へ戻ろうと歩き出した。





場所は公園内の待ち合わせ場所メインとなる大噴水だった。


巨大な円形の石で形作られたクラシカルな噴水。

池の直径は30メートルほどあるのでかなりの大きさだ。

中央に噴水の吹き出し口部分があり、水の噴き上げの高さもかなりのボリュームと高さだ。




今は夜間なので吹上げは終了しており、池部分がLED照明によってライトアップされている状態だ。








なんでも看板の案内によるとリニューアル工事の後は、現在の姿形を残したまま新しいカタチの噴水として生まれ変わるということらしい。








向日は、噴水の池部分に手を伸ばして水を飲み干したばかりのペットボトルで水を汲んだ。


カルキの香りがツンと鼻をついた。


チャプチャプと水色の波紋を広げてプラスティックの容器の中に循環水が入り込んでゆく。






ペットボトル500mlは中ジョッキー一杯分の量だ。












それを一気に飲み干すと、頭の中で先ほどの居酒屋の店内の賑やかなコール音が聞こえた。










そして、夜間照明に照らされた噴水の石淵に座ると








「お前はリニューアルできていいな 俺なんか………」








「もうどこにも居場所がなくなっちまった」












と大噴水に向かって話すともなく語りかけた。






異常な暑さと言われる今年の夏の風が、公園の常緑樹の木の葉をぬるく揺らすと、紺碧の空へまっすぐと還っていった。




若者たちがダンスする音楽が、公園の中を響いて向日は星空の少ない東京の夜空をそのままいつまでも眺めていた。








end

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いにしえの盃 つきがさ あまね ばゆこ @tsukigasa06

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