第4話 青春レポートのネタは豊富にある?

 梶田かじた教授が求める“青春レポート”のために、俺・鍵染かぎぞめさん・浅岡あさおかさんの3人は友達になった。女子の友達は2人が初めてだな…。


そんな中、浅岡さんが俺のバイト先であるラーメン屋で昼食をとりたいと言ってきた。これも青春レポートのネタになると思い、彼女達を案内する。



 「深谷くん。バイト先のラーメン屋はどういうところなの?」

歩いて向かっている途中、浅岡さんが声をかけてきた。


「高齢の夫婦が経営してる『ヤマト』って店だ。個人店だし内装・外装共に古いから、2人には合わないかもしれないな…」


特にSNSが好きな鍵染さんは厳しいかも。える要素は皆無だ。


「へぇ~。よくそのお店に入ろうと思ったね?」


「学食ばかりで飽きたから、大学周りを適当に散策してる時に偶然見つけたんだ。あの店は醤油ラーメンだけ出すんだが、なかなかうまいぞ」


その味に惚れて、俺はあの店に応募する決意をした。


「そういえば、深谷君は醤油ラーメンが好きらしいわね? 味の好みが合って良かったじゃない」


「鍵染さん。俺が梶田教授と話した事、覚えてたのか?」


「当然でしょ。友達の事なんだから」


「あたしもちゃんと覚えてるからね」


自己紹介をしっかり覚えててくれるのは、嬉しさと恥ずかしさが入り混じるぞ。



 大学から歩いて数分後。俺達は『ヤマト』の前に到着する。


「ここだ。…何とか入れそうか?」


「全然問題ないよ? 深谷くんがあんな事言うから、お化け屋敷っぽいのをイメージしちゃった」


「深谷君、こういうお店は“レトロ”なの。味があって良いじゃない」


「2人共、受け入れてくれて助かる。早速入ろう」

俺は店の扉を開け、最初に入る。


…大将と奥さんの美香子みかこさんは、キッチン内でのんびりしていた。まだ昼には早い時間だし、気は緩むよな。


「いらっしゃ…って何だ、深坊ふかぼうか」


ふかちゃん、いらっしゃい」


「大将・美香子さん。昼には早い時間ですが、大丈夫ですか?」


ここに来る前に鍵染さん・浅岡さんと連絡先を交換したり、雨寺あまでらさんのペットの写真を見せてもらって時間を潰したが、それでもまだまだ早い…。


「大丈夫じゃなかったら『営業中』の看板は出さないぞ」


「そうよ。気にしないでちょうだい」


「ありがとうございます。実は俺だけじゃなくて、もう2人いるんですが…」


タイミングを察したのか、鍵染さんと浅岡さんが店内に入ってきた。


「深坊。お前、彼女作ったのか?」


「違いますよ。友達です」


「初めまして。鍵染 沙織といいます」


「あたしは浅岡 真弓です」


「2人共、礼儀正しくて可愛いな~」


「…お父さん?」


デレデレしてる大将を、ドスの利いた声で止める美香子さん。こんな彼女初めて見た…。


「すまんすまん。お前達、好きな席に座ってくれ」


「じゃあ、カウンター席で良いですか? 作ってるところ見てみたいです」

浅岡さんが興味を示す。


「もちろん良いぞ」


「ありがとうございます♪」


俺は浅岡さんの隣に座ろう。鍵染さんもそうすると思っていたが、何故か俺の隣に座ってきた。さっきの講義室みたいに挟まれたぜ…。


「お嬢ちゃん達、この店は醤油ラーメンしか出さないんだ。悪いな」


それは道中で俺が言ったが、“炒飯や餃子もない”という意味だ。言葉足らずだったかもしれないが、メニュー表がなければ察してくれるだろう。


「ラーメン1本で勝負するなんて凄いですね~♪」


「だろ? 男は1本勝負よ!」


「お父さんは不器用なタイプなの。こだわりがある訳じゃないわ」


「美香子。余計な事言わないでくれ!」


それでも経営が成り立つなら問題ないよな。


「大将。鍵染さんは小盛でお願いします」

俺と浅岡さんと違って、それほど腹は減ってないらしい。


「はいよ! すぐ作るからな! お嬢ちゃん達!」


大将、いつもより口数が多いぞ。女子2人の前だからか。



 「できたぜ!」

大将が完成した醤油ラーメンを俺達の前に置く。


「うわぁ~、おいしそうだね。沙織ちゃん」


「そうね」


チャーシュー・メンマといった定番の具材はもちろん、ネギ・もやし・人参といった野菜類が多いのも、『ヤマト』の醤油ラーメンの特徴だ。


『野菜をたくさん食べて欲しい』という美香子さんの願いが込められている。


「お嬢ちゃん達、食べる前に聞いてくれ」


大将、アレを鍵染さん達に言う気か。


「オレは食事中にペラペラおしゃべりされるのが好きじゃない。だから食べ終わるまで、なるべく私語厳禁で頼むぜ」


俺もその考えに賛成だが、女子2人にはキツイんじゃないか? 小・中・高と、食事中に黙ってる女子を見た事ないぞ。


「わかりました」


「あたしお腹ペコペコだから、おしゃべりする余裕ないです」


そんなに減ってたのか、浅岡さん…。なんて事を思いながら、醤油ラーメンを頂く。



 左右の2人の様子を見た限り、難なく食べ終わったようだ。…浅岡さんはスープを飲み干している。結構豪快だな。


「おぉ! そっちのお嬢ちゃんは、スープを全部飲んでくれたのか!」


「コスパが気になるので…」


「無理しなくて良かったのに…」

心配そうな様子を見せる美香子さん。


「全然無理じゃないです! 飲みやすいスープだったので飲んじゃいました!」


一般的にラーメンのスープは全部飲むべきじゃないが、口を挟む必要はない。


……食器が下げられ、美香子さんが洗い始める。


「深谷くん・沙織ちゃん。今日のレポートはこの店の事で良いよね?」


「俺は最初からそのつもりだ」


「『ヤマト』さんは、レポートを書くのにふさわしいお店よ。書かない理由はないわ」


「レポート? 食レポの事か?」


大将が気になるのは当然だな。説明するとしよう。


「青春が詰まったレポートねぇ…。教授ってのは、何考えてるかわからん」


良い機会だから訊いてみようかな?


「良ければですが、大将の青春の思い出を教えて下さい」


「青春の思い出? 色々あるが、すぐ思い付くのは友達とどこかに遊びに行った事だな。 今は夏だし、お嬢ちゃん達と海なんてどうよ?」


2人の反応が気になるので、顔色を窺う。


「水着はまだ恥ずかしいな~♪」


「深谷君。嫌らしい目で見ないでくれる?」


満更ではない様子の浅岡さんに対し、鍵染さんは厳しそうだ。その段階はまだ早いな。


「オレがガキの頃は、友達の弟も混ざって一緒に遊んだもんだ。一緒に遊べば、歳の差なんて気にならなかったぜ」


そういえば、俺達3人には1歳下の妹がいる共通点がある。その妹達と遊ぶのは無理でも、何かしらの接点があれば“青春レポート”の役に立つかも?


「後は何と言っても『恋』だな。恋抜きで青春は語れないだろ」


青春レポートは今日から土日を除いた、来週の金曜日までの10日間書く必要がある。そんな短期間で恋なんてできる訳がない。これはパスだな。


「あれこれ言ったが、青春に正解・不正解はないはずだ。好きなようにやれば良いんじゃないか?」


「…確かにそうかもしれませんね。大将、ありがとうございました」


「良いって事よ」



 大将の話を聞いた後、俺達は『ヤマト』を出た。俺は従業員割が適用され、鍵染さん・浅岡さんは俺の紹介って事で少し安くなった。


それでも学食よりだいぶ高いが、それに見合う満足度はあるように思える。


「深谷君・浅岡さん。悪いけど、私そろそろバイトがあるの」


鍵染さんは、ファミレスでバイトしてるんだったな。


「そっか。明日の事はこれから深谷くんと決めるから、後で連絡するよ」


「ありがとう、お願いね」

そう言って、鍵染さんは足早に去って行った。


「深谷くん。あたしの水着見たい? 正直に言ってね」


大将の話を掘り返してくるか。


「……見たい」

この場で嘘を付けるほど器用じゃない。


「そう言うと思ったよ。でも、今はまだその時じゃないの。ゲームでいう『好感度』が足りないから」


俺達は今まで顔見知りだったものの、話したのは今日が初めてだ。好感度が足りないのは当然だろう。


「さっきの大将さんの話で、弟君の事が出たじゃない? あれ聞いて、紗矢さやに会ってもらうのもアリだと思ったの」


「紗矢?」


「あたしの妹だよ」


彼女も俺と似たような事を考えたようだ。


「あの子と会えば、深谷くんの青春はもっと充実するかもしれないよ? どう? 興味ある?」


「あるといえばある…」

断言すると“女好き”に思われそうだ。濁すのが正解だろ。


「わかった。紗矢に話してみるね」



 その話をしてから、俺は浅岡さんと別れた。彼女の妹さんに会うなら、いずれ鍵染さんの妹と俺の妹の聡美さとみに会う流れになるかもな。


最近聡美とロクに話してないが、その時が来たらどうすれば良いんだ? そんな事を考えながら帰路に就くのだった。

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