第5話 聖女からの呼び出し

 白聖女、黒聖女、それぞれが与える生徒への影響はすさまじいもので、朝の出来事は瞬く間に学校中に広がっていった。ただ、噂として広まるときは、どうしても話に尾びれがつくもので、俺が元ヤンだとか、聖女2人は俺に脅されてるとか、わけのわからない話も広がっていた。酷いものだと俺が聖女2人をナンパしたことになっているらしい‥‥あり得ないだろ。

 これらの話は、全て透真が拾ってきた噂話なのだが、そんな噂話よりも俺にとってもっと落ち着かない要因がほかにあった。


(まじでずーっと見られてんな俺‥‥)


 とにかくクラスメイトの視線が痛いのだ。授業間の休み時間はおろか、授業中にもいたるところから視線を感じる。おかげでこっちは授業に集中することもできないし、常にだれかに見られている状況のため、落ち着ける時間がない。聖女2人はと言えば、俺と同じように視線を集めているはずなのに、全く気にした様子を見せず普通に授業を受けている。もはや慣れっこといったところなのだろうか。


「おい灰斗。聖女様たちからお呼び出しだ」


 3限が終了し、4限との間の休み時間に、俺は透真にこそっと小さな紙の切れ端を渡される。渡された紙には丸っこい文字で『お昼休み 旧棟の屋上へ』と書かれていた。旧棟と言えば今俺たちが使っている校舎に建て替わる前に使われていた校舎で、今は文化部の部室以外で使われていないはず。そんなとこの屋上なんて入れるのだろうか。


「聖女様たちは自由に出入りできるように、屋上の鍵を先生から預かっているらしいぜ。あの2人はどこにいても視線を集めるからな。落ち着ける場所として学校側が用意したらしい」


 俺の疑問を見透かしたように透真が言う。どうやら聖女2人も、あまり人前で話したいことではないらしい。俺にとっても、人目のない場所に行きたいという気持ちはあったので、これはありがたい。


「わかった。わざわざありがとな」

「このくらいはいいってことよ‥‥それよりもお前、今朝のこと本当なのか? さっきからそればっかり気になって何にも手に付かないんだぜ?」

「あー‥‥」


 透真の言葉に俺は口ごもる。おそらく、透真に本当のことを話しても、口止めさえすれば噂として広がることはないだろう。透真はそのあたりの分別はきちんとできる人間だ。ただ、透真には本当のことを話しておいて、聖女2人には嘘を貫きとおすというのは、なんだか人間としてダメなことをしてしまっている気分になる。‥‥まぁ嘘をついて誤魔化そうとしている時点で、あまり良くはないのだがそこはもう仕方がないだろう。俺の平穏な学校生活を守るためだ。


「さっきも言ったが俺は人を助けられるような人間じゃないよ」

「あのなぁ‥‥」


 俺の言葉に対して透真は何か言いたげにしていたが、そのタイミングで4限開始のチャイムが鳴り響き、「あとでじっくり話を聞くからな」といって透真は自分の席へと戻っていった。


(どうしたものか‥‥)


 ひとまず落ち着ける場所には行きたいので、聖女2人の提案には喜んで乗らせてもらうのだが、おそらく2人は屋上で今朝と同じ問いを投げかけてくるだろう。けど、俺はそれに対する回答を未だに用意できていない。腹を割って正直に話すのか、それとも誤魔化しとおすのか‥‥。


(ん‥‥? 人目につかない場所なら別に本当のことを話してしまってもいいのでは?)


 朝は、周りに大勢の生徒がいたため、あの場所で正直に話したら噂として広がっていっただろう。けど、旧棟の屋上であればそれらの問題は気にする必要がない。であれば、これ以上聖女たちに付きまとわれて余計な噂が広がるよりも、さっさと話してしまって、聖女たちにだけ本当のことを知ってもらい他の生徒には「ただの勘違いだった」と聖女たちに言わせれば、このほとぼりも冷めるだろう。


(多分聖女たちもただお礼がしたいだけだろう。あの時は俺が有無を言わせず帰っちゃったわけだし‥‥。お礼が済めば俺に絡む必要もなくなるはず。なら聖女たちだけなら別に本当のことを話してもいいか。そっちの方がこれ以上面倒なことにならなくて済みそうだ)


 心の中でそう結論付けた俺は、なんだか憑き物がなくなったようなすがすがしい気分になった。けど、この判断が間違っていたと気づくのにそう時間はかからなかった。

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