第4話 追求と墓穴

「見つけた‥‥あなた、昨日私たちを助けてくださった方ですよね?」

「え‥‥?」


 黒聖女の言葉に、俺は思わず硬直する。まさかこんなにも早い段階でバレるとは考えてもいなかった。教室ではいつも空気みたいな存在感なのに、なんでバレた?

 というかこの状況はマズイ。沈黙は肯定するようなものだ。早く何とか弁明しないと。


「えっと‥‥人違いじゃないですかね‥‥? 昨日僕はずっと家にいたので人と会ってないですし、そもそも人を助けられるような器の人間じゃないので‥‥」


 目の前にある黒聖女の端正な顔を、俺は直視することができず、若干目を逸らしながら、しどろもどろに答える。変な喋り方になってしまっているかもしれないが、今までひっそりと眺めてきた綺麗な顔が目の前にあるのと、なんとしてでも昨日のことを隠し通さないといけないという2つの緊張感が合わさってしまって、まともな思考を保てる状況ではないのでこれは許してほしい。


「いえ‥‥人違いなわけがありません。私、人の顔は1回みたらだいたい覚えてるので。昨日助けてもらった時点で、同じクラスで見たことあるという確信があったので、こうして探していたのですが‥‥かなり苦労しました。板間くん、昨日とは全然雰囲気が違ったので」

「柴乃ちゃん、もしかして見つかった?」


 俺の反論に首を振りながら淡々としゃべる黒聖女。そしてそこに白聖女まで合流してしまった。なんとかしてこの状況を打開して、俺の平穏な学校生活を取り戻さなければ。さっきから周りの人たちも、なんだかザワザワしだしてるし‥‥このままだと本当にマズイ。


「うん。この板間くんが昨日の人で間違いない‥‥。けど、なぜか認めようとしない」

「ありゃ? そうなの? 板間くん、ちょ~っと失礼するね」


 黒聖女の話を聞いた白聖女は、観察するような視線で、俺の顔を下から覗き込んでくる。まじまじと俺を見つめてくる薔薇色の瞳に、俺の視線も吸い寄せられる。というか、なんかさっきから2人とも距離感近くない‥‥?


「う~ん、私もこの人だと思うんだけどなぁ。板間くん、本当に違うの?」

「違いますよ。僕は昨日、ショッピングモールなんて行ってないので、お2人に会うことなんてありえないですから」

「ん? 柴乃ちゃん、ショッピングモールで会ったって言ったの?」

「言ってない‥‥なんで分かったの?」

「あ‥‥」


 2人の聖女から問い詰められるような視線を浴びて、俺はすぐに自分で墓穴を掘ってしまったことに気付く。


(しまった‥‥! ここから誤魔化せるかな‥‥)

「ちょ、ちょっと待て。俺もいろいろ聞きたいことはあるし、話の続きも気になるんだが一旦区切らないか? 人の数もすごくなってるし、朝礼も始まるから‥‥な?」


 ここからどうやって誤魔化そうかを考えていると、ずっと黙っていた透真が口を開き、促すような口調で聖女2人に話しかける。ふと周りを見れば、クラスメイト含め、朝来た時よりもさらに多くの人数がクラスに集まっているようで、教室の中だけに限らず、廊下まで人だかりが広がっているようだった。時計も、朝礼が始まる8時半を指そうとしている。


「‥‥わかりました。一度保留にしますが、また後で聞きに来ます」

「ま、しょうがないね。板間くん、横川くんまた後で」


 聖女2人は、透真の言葉に納得した様子で各々の席に戻っていった。集まっていた人だかりも、朝礼の開始時刻が迫っていることに気付いたのか、ぞろぞろと解散していった。


「助かったよ透真。ありがとう」

「いやまぁ、それは別にいいんだけどよ。お前、聖女たちが言ってたことは本当なのか? 2人をナンパから助けたって話」

「‥‥そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないかな」

「はぁ? なんだそれ。‥‥あとでしっかり聞かせろよ」


 俺の曖昧な返事に、納得した様子は見せなかった透真だが、担任の先生が教室に入ってきたのを見て、自分の席へと戻っていった。


(とりあえず、次の休み時間までに、上手いこと誤魔化せる言い訳を考えとかないとな‥‥。はぁ‥‥なんでこんなことになっちゃったかなぁ)


 これからのことを考えただけで胃がキリキリと痛むが、どうすることもできないので、諦めるしかない。




 朝礼開始のチャイムの音は、俺にとって地獄のような時間の始まりを告げる鐘の音だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る