14 異常事態
「おい! どこに行くんだ!?」
急に立ち上がった逢坂に、久我が怒鳴った。逢坂は駆け出しながら、早口に説明する。
「穂浪さんがヘリポートに行った! 私しかこのことを知らない! だから穂浪さんのところに行く!」
「行ってどうすんだよ!」
久我を無視して、逢坂は走った。久我は呆れてため息を吐いてから、仕方なく追いかけた。久我は逢坂より20センチも背が高い。あっという間に隣に追いついた。
「久我はラボに残って! 機体操縦室から連絡が入るかもしれない!」
「馬鹿か! 穂浪さんを助ける前にお前に何かあったらどうすんだ! ターゲットの特性も現場の状況も分かっていない今、ヘリポートに行くのは危険だ!」
怒鳴る久我の喉元が赤い。いつもの澄まし顔は剥ぎ取られている。
「そんなの分かってる! 分かってないのは穂浪さんよ!」
「今、その穂浪さんのところに向かってるのは誰だ!」
それを言ったら久我だって私を追いかけてるじゃないかと逢坂は思ったが、それを言っても、ただ口喧嘩が続くだけだ。
「穂浪さんには地球外生命体の特性を見極めるノウハウがない。でも、私は、CILほどではないにしろ、ある程度なら見極められる」
「だけど、こうしてるまさに今、CILから情報が来てるかもしれない」
久我の言い分に、逢坂はヘッドセットに繋がっているトランシーバーをポケットから出して見せつけた。
「問題ないわ。このシーバー、CILにチャンネルを設定してあるの」
「情報収集室からの映像はどうやってキャッチするんだ?」
「その映像を観れたところで、ターゲットの特性を見極めている間にヘリポートに着く」
「そうかもしれないが一旦落ち着け。お前もFPLなら、少しは冷静な判断を、」
久我が言いかけたところで、逢坂の頭の中で何かがプチンと切れる音がした。そして、無意識のうちに叫んだ。喉がつぶれそうにギリギリと痛んだ。
「穂浪さんがどうなってもいいの!?」
滅多にない逢坂の大声に、久我は目を見張った。そして、口元をキュッと結んで俯くと、何か考えを巡らせ始めた。それは、今まで見たことない顔だった。苦しそうな、悔しそうな、よく分からない顔だった。
「分かった」
ややあってから、久我は小さい声で、でも、はっきりとそう言った。
逢坂と久我は走り続け、局の屋上に到着した。外階段を駆け上がり、ヘリポートへ向かう。あと一段上ればヘリポートが見えるというところで、逢坂は後ろにいた久我に腕を掴まれた。
「落ち着け」
逢坂の腕を引っ張って後ろに追いやり、久我は前に進み出た。階段下からそっと顔を覗かせ、ヘリポートの様子を窺う。逢坂も様子を見ようと身を乗り出したが、久我に「じっとしてろ」と頭を押さえつけられた。
「ちょっと、私にも見せなさいよ」
「理論じゃなく感情で動こうとしている人間に、前線を任せることはできない」
言いながら、久我はヘリポートを見渡した。
「顔は見えないが、穂浪さんは無事だ」
「自分の目で確かめさせて」
逢坂は頭を押さえ付ける久我の手をどかそうともがいた。しかし、久我は「じっとしてろ」と逢坂を片腕一本で制圧する。
「おかしいな……」
「何が?」
「ターゲットがいない」
「え?」
「出現場所、ここで合ってるよな?」
久我に押さえつけられたままの頭を、逢坂は上下に振った。それからしばらく、久我は黙り込んだ。そして、逢坂の頭から手を放した。
「逢坂はここにいろ。何があっても動くんじゃねぇぞ」
久我は忍び足で階段を上ると、ヘリポートに足を踏み入れた。逢坂は階段の陰から顔を覗かせ、久我を見守る。
ヘリポートには久我と穂浪しかいない。穂浪は立ったままこちらに背を向けている。いつも体を動かしていないと落ち着かないような穂浪が、微動だにしていない。久我はゆっくりと近付く。
「穂浪さん」
声をかけると、穂浪は振り返った。久我にアハッと笑顔を向ける。
「あれ? 久我さん、どうしたんですか?」
「穂浪さんからの通信が切れたと聞いて、追いかけてきたんです」
「あ、そうだったんですか」
緊張感のある久我とは違い、穂浪は呑気だ。ここは地球外生命体が出現した場所だというのに、あまりにも危機感がなさ過ぎる。
「ターゲットの姿が見当たらないようですが……」
穂浪に近付きながら言った後、久我ははたと足を止めた。信じられない光景が、目に飛び込んできたからだ。
「穂浪さん、それ……」
「あぁ、これはですね」
言いながら、穂浪は胸に抱いているものを、よしよしと撫でた。
「さっきそこで拾ったんです。小さくて可愛いですよね。たぶん今回のターゲットですけど、危険じゃないですよ。さっきも人間には危害を加えないって約束してくれましたし。いやぁ、俺、びっくりしちゃいましたよ。人間の言葉を喋る地球外生命体がいるなんて知りませんでした。やっぱりCILの報告会とか勉強会とか、サボっちゃダメですね。逢坂さんが他の部署や研究室の勉強会に参加する理由が分かりましたよ……って、あれ? 久我さん? どうしたんですか? お~い」
穂浪が腕に抱いていたのは、地球外生命体だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます