11 食堂


 思っていたよりもイケメンにお姫様抱っこをされていてびっくり。というのが、逢坂の正直な感想だった。


 機体操縦室はイケメン揃いで有名だが、平均値が高いだけでイケメンというほどでもない人もいる。そういう人は俗に、「研究室顔」と呼ばれる。これは、研究室にいてもパイロットだと気付かれないほど地味という意味から生まれた俗称である。この俗称を作った人には全研究室の男性に謝罪してもらいたいものだが、この俗称に使いやすさを感じているうちはその人を責める権利を逢坂も持たない。


 「研究室顔」の人は、性格が穏やかで真面目な場合が多い。そのため、廊下で気絶している眼鏡の地味女を、ストレッチャーも借りずに医務室まで運んでくれた良い人なんて、真面目な研究室顔のパイロットだろうと思っていた。だが、予想に反して、穂浪は研究室顔ではなかった。イケメンに相違なかった。


「あんなイケメンにお姫様抱っこされてたとか聞いてないよ……」


 目の前のナポリタンに向かって、逢坂は呟いた。


 お昼時の食堂は混んでいて、様々な制服の人たちで溢れ返っていた。


 向かいの席に座っている久我は、雑踏に消えそうな逢坂の呟きを、西京焼きをつつきながら笑う。


「ついに会えたな。穂浪さんに」


「久我がけしかけたんでしょ?」


「俺は何もしてない。意見交換会の担当に逢坂を任命しただけ。あとは、どうせなら機体操縦室側の担当を穂浪さんにしたらどうですかって提案したくらいだ」


「そこまでしておいて、よく何もしてないなんて言えるわね」


「こういうのは若い人が先陣切ってやった方がうまくいくんだよ。昔からのやり方に固執せず、新しい考えをどんどん出していける若い人にね」


「久我も私と同い年でしょ」


「俺は室長補佐って肩書がある。肩書のある特別な人より、普通の人の意見の方が万人に受け入れられやすい」


「私が普通だって言いたいの?」


「違う。期待してんだよ、逢坂に」


「またそうやって調子のいいことを……」


「頑張れよ。意見交換会担当者サマ」


 クソ……コイツ、面白がってないか……?


「てゆーか、この罰則いつまで続くの?」


「あ?」


「正午に食堂へ連れ出される罰則」


「逢坂の寝食健忘症がなくなるまで無期限だよ」


「久我とご飯食べるのもう飽きた」


「光栄に思えよ? こんなイケメンと毎日飯食えてんだから」


「自分で言う……」


「あ~逢坂はお姫様抱っこしてくれるイケメンの方が良かったか~ごめ~ん」


「水ぶっかけるわよ」


 安藤に「逢坂さんと久我くんって、いつでもどこでもケンカしてるよね」と言われたことがある。「いっそのこと、さっさと付き合ってくれない?」と志田に言われたことがある。しかし、久我とは全くもってそういう関係ではないし、未来永劫絶対的にそういう関係になることはない、と逢坂は思っていた。都合の良いときだけ利用し、面倒事の一切を押し付け、面白そうだからといって自分を落とし穴に落とすような男に桃色な感情が湧くか。答えは否である。


「あ、逢坂さん!」


 ナポリタンを頬張っていると、遠くから明るい声が聞こえた。こちらに歩いてくるのは、パイロットの制服を来た男性。おぼんを片手で持ちながら、もう一方の手をブンブンと振っている。穂浪さんだった。


「ずいぶん気に入られてるな。何かあったのか?」


「知らないわよ」


「まさか本当にパイロットをメロメロにさせてくるとはな……痛ッて!!」


 逢坂は穂浪に笑顔で会釈しながら、テーブルの下で久我の足を踏み潰した。そうしている間にも、穂浪はこちらに近づいてくる。


「あれ? 久我さん? どうしたんですか?」


「なんでもないです。大丈夫です」


 痛みに悶絶している久我の代わりに、逢坂が笑顔で答える。


「私に何かご用ですか?」


「いえ。逢坂さんがいるのが見えたから」


「え?」


 穂浪とは知り合って間もないし、仕事だってこの間の任務が初めましてだ。人込みの中で見つけただけで手を振りながら駆け寄るような、気兼ねない間柄ではないはずだ。


「穂浪さんもご一緒にどうですか?」


 足の痛みから復活した久我が、にこやかに提案した。逢坂は「どうしてそうなるんだ」と久我に睨みで訴えた。しかし、久我は無視して、立ち上がったかと思うと隣の椅子に座り直し、自分が座っていた椅子を穂浪に勧めた。


「いいんですか?」


 遠慮するということを穂浪は知らない。言うが早いか、勧められた椅子に素直に腰を下ろした。ちょうど逢坂の向かいの席だ。


「穂浪さんって、おいくつなんですか?」


「28です。久我さんは?」


「27です。ちなみに逢坂も」


「お二人は同期なんですか?」


「はい、高専からの」


 久我と穂浪の二人で話が始まって、逢坂は会話に混ざらないで済んだ。ホッとしながらナポリタンをフォークに巻き付ける。


「すごいですね。学校も就職先も一緒で、さらに同じ部署に配属されるなんて」


「いやぁ、ただの腐れ縁ですよ」


 そうそう。久我とはただの腐れ縁。じゃなかったら困る。


「え、でも、二人は付き合ってるんですよね?」


 穂浪の発言に、逢坂は口に入れたばかりのナポリタンを吹き出しそうになった。


「お前、食事中にむせる名人かよ」


 久我は呆れながら、水の入ったコップを差し出す。


「大丈夫ですか?」


 心配そうにしている穂浪に、逢坂は水を飲みながら頷く。そして、空になったコップをテーブルに置いてから、


「付き合ってないです」


 と、言った。むせたせいで脈絡はなくなってしまったが、このことについてははっきりと否定しておかないといけない。


「え?」


「私と久我、付き合ってないです」


 逢坂が主語を付け足して言うと、穂浪は一瞬固まった。そして、勢いよく久我を振り返った。


「そうなんですか?」


 穂浪の問いに、久我は当たり前というように「はい」と頷いた。


「でも、志田さんが、お二人は付き合ってるって」


 なるほど、原因は志田さんか。


「嘘です」


「え?」


「嘘です。志田さん、面白がってたまにそういう嘘を吐くんです」


「なんで?」


「そんなの私が知りたいです」


 志田さんめ。この借りは後できっちり払ってもらおう。というか、もうそんな話をするまで穂浪さんと仲良くなったのか。さすがの手の早さだ。半分怒り、半分感心しながら、逢坂は久我と穂浪と三人で昼食をとるという謎の時間を過ごした。



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