2 徹夜の常習者
「大丈夫ですか?」
機体操縦室に向かう道中、廊下ですれ違った人に心配されたのは、これで4度目だ。
「あ、はい、大丈夫です」
ペコペコと頭を下げると、脳がガンガン揺れて気持ち悪い。眩暈もしてきた。思っていた以上に二日連続の徹夜が効いている。
書類を届けたら、食堂で朝食を食べよう。と決意したときだった。ドンッ、とすれ違った人の肩にぶつかった。
「あ、すみません」
咄嗟に振り返った瞬間。目の前がぐるぐると揺れ始め、脳みそが上へ引き抜かれるような感覚に襲われた。意識が遠のいていく。こりゃ随分と強い眩暈だ。と、呑気に考えているうちに、逢坂はその場に倒れていた。
目を開けると、そこは医務室のベッドの上だった。倒れたことは覚えているが、どうやってここに辿り着いたのか覚えていない。手探りで枕元の眼鏡を探し当てる。時計を見ると、もう11時になっていた。
ベッドサイドのミニテーブルには、おぼんに乗った朝食が置いてあった。お皿の上の食パンを見た瞬間、逢坂は空腹だったことを思い出した。ラップをむしり取り、食パンにかじりつく。一口食べると、ますますお腹が空いてくる。食パンを咀嚼しながらスクランブルエッグにケチャップをかけ、口いっぱいに頬張った。食パンが喉につかえそうになり、慌てて冷えたコーンスープを飲み干す。
「そんなに慌てなくても、誰も取りゃしねぇよ」
カーテンの開く音とともに、呆れ顔の久我が入ってきた。
「お腹空いてるんだもん。忘れてたけど、私、8時間前からお腹空いてたの」
「口にもの入れたまま喋るな」
久我はベッドわきの椅子に腰かけた。
「大丈夫か? 倒れたんだろ?」
「眩暈がして気絶しただけ。大丈夫」
「それ全然大丈夫じゃない」
久我にじっとりと睨まれたが、逢坂は気にせず、食パンを口に入れたままウィンナーにフォークを突き刺した。
「まったく、倒れたってのに気楽なもんだな。今度、機体操縦室に謝礼に行くぞ」
「謝礼? 機体操縦室に? なんで?」
「機体操縦室の人に医務室まで運んでもらったんだろ?」
「はぁっ!?」
逢坂はまたもや食パンを喉に詰まらせそうになった。久我が差し出した牛乳のグラスを奪うように受け取って、慌てて喉に流し込む。
「機体操縦室の人って、まさかパイロット!?」
「よかったな、イケメン揃いで有名な機体操縦室のパイロットにお姫様抱っこしてもらえて」
「よくないよ! というかなんでパイロットが出てくるの!?」
「機体操縦室の人とぶつかって眩暈起こしたんだろ?」
「そうなの!?」
「俺は見てないから知らん。看護師さんがそう言っていた」
「はぁ……もう最悪……」
ウィンナーにフォークを刺したまま肩を落とす逢坂を、久我はケラケラ笑う。
「ホナミって名前だったらしいぞ。お姫様抱っこしてくれたのは」
「お姫様抱っこっていちいち言わないで」
「とりあえず、それ食ったら家に帰れ。室長が、明日の昼まで有給取れってさ」
「え! でもまだ企画書終わってな、」
「室長が、有給、取れって」
久我の笑顔の迫力は凄まじい。笑っているのに、目の奥に光が宿っていないのだ。27歳という若さで室長補佐を任されているだけある。
「企画書、今日中に提出できると思ったのに……そのために徹夜したのに……」
「やっぱ徹夜してたんだな」
「あ゛っ」
「ったく……おぼんそこ置いとけ。後で片付ける」
久我は立ち上がり、カーテンの向こうに消えた。本来なら、室長補佐はこんなところで油を売っている暇などないはずだ。廊下で気絶し、どこぞのパイロットにお姫様抱っこされ、企画書を提出できず、おまけに久我や室長にまで気を遣わせて。踏んだり蹴ったりだ。こうなったら、これ以上悪い事が起こる前に、今日は大人しく帰った方がいい。ウィンナーを口に放り込み、逢坂はベッドから降りた。仮眠を取ったからか、だいぶ体が軽い。自宅に帰るのは3日ぶりだ。
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