魂の在処 (2/3)
真っ白な空間でロネは目を覚ました。
ロネが周囲を見渡すとそこには一人の少女らしき後姿が蹲っていた。
白く長い髪は地面にまで延び、真っ白な地面に溶け込んでいる様だ。その境界線を視覚で確認するのは難しい。それほどの白さの髪の毛と空間だった。
ロネは立ち上がりもう一度周囲を見渡したあと少女にゆっくりと歩み寄った。
「えっと……こんにちは?」
ロネは少女を驚かせないように、出来るだけ静かな声で、優しく声を掛ける事を心掛けた。
「はい、こんにちは」
驚く程素直に、少女は返事を返した。
声から察するにやはり少女で間違いないだろう。
少女はロネに背を向かたままの状態で、すっくと立ちあがった。
立ち上がった状態でも尚も身長はロネよりもかなり低い。
ロネも年齢の割には低いので、その少女が年端もいかない事が想像出来た。
少女の髪は立ち上がってなお地面に届いており、やはりその境界線は確認出来ない。
少女が踵を起点にくるりと半回転すると、ロネは漸く少女の顔を確認出来た。
白い眉、白いまつ毛、青い瞳、淡いピンクの唇、全てが驚く程整っている。
そんな少女の顔を見ていると、不思議とロネの頭の中にとある名が浮かんだ。
「……ヤファスベート様……」
ロネの口から自然に漏れた言葉だった。
ワーロウズ王国の民ならば、あまねく知っている女神の名である。
なぜ少女を見て女神だと思ったのか。なぜ、その名が口から漏れ出たのかはロネにも分からない。
ワーロウズ聖王国にはヤファスベートの姿は言い伝えられていない。一説には姿を持たないという説もあるほどだ。ただ、その声は全ての民の母を彷彿とさせる慈愛に溢れる声だとは伝えられている。
「はい、ヤファスベートです」
あっけらかんと女神を自称するその少女に、ロネは跪いて頭を垂れた。
ヤファスベートは少し困った表情を見せたあと、ロネとの距離を詰めて、ロネの眼前で屈むと、ロネを両手を自身の両手で包み込んで救い上げるに持ち上げた。
「私はヤファスベートです。貴方のお名前は?」
「ロネです」
「はい、知っています」
ヤファスベートはニッコリと微笑んだ。
……
ロネは元々会話が得意でない。何故なら自分ときちんと会話をしようとする人間などいなかったからだ。
経験が少ないせいか、続く言葉が出てこなかったが、会話をすることが嫌いなのでは無いのだ。少なくとも目の前の女神様は、自分との会話を拒否したりしない、ゆっくりで良いので話そうと、ロネは頭の中で言葉を整理した。
「私は死んだのですか?」
長考した結果出て来た言葉がそれだった事に、ロネは自分が会話が苦手なんだと再認識する羽目になった。
「はい、残念ながらあなたは谷底に落ちてその短い生涯を閉じました」
「残念?闇の巫女が谷に見投げるのは瘴気を浄化するのに必要な事だと聞かされています。何も残念な事などありません」
「いいえ、闇の巫女にその様な役割を、私は与えていません」
「え?」
「闇の巫女の役割は周辺の瘴気を集める事に有ります。それにより光の巫女が力を分散させる事無く、より効率よくより広範囲の瘴気を浄化出来るようになっているのです」
「そうなのですか?では何故闇の巫女は生贄にされているのでしょう?」
「人間と言う生き物が愚かで、見にくい生き物だからでしょう」
予想外の言葉にロネは黙った。
言い伝え通りならば、全ての人は女神ヤファスベートの子と言われているのだ。
つまり人間とは女神ヤファスベートが想像せし生命なのだと、それがどうだ、当のヤファスベートが人間を非難するような発言をしているではないか。
「闇の聖女の役割が正常に果たされていたのは、最初の数十年だけでした。直ぐに人は瘴気と密接な関係にある闇の聖女を恐れるようになり、生贄とするとことで瘴気が集まらないようにするために生まれた聖女と、勝手に解釈を書き換えたのです。聖女はすべからく私の愛し子だと言うのに」
「言い伝えによれば、人は皆、女神ヤファスベート様の愛し子だと聞かされておりましたが」
「巫女以外の人間の生命に、私は関与していません。人間は前任の駄神ムーメンスムートが生み出した生き物です」
「……その様な神の名は聞いた事がありません」
「ムーメンスムートは貴方がたの世界、ミデオロジフトを創った神の名です。ただ、余りに怠惰な神で、ミデオロジフトの管理を怠った所為で、他の神がムーメンスムートから権限を剥奪し、今は神界の奥深で謹慎させられています。そして、ムーメンスムートが壊しかけていたミデオロジフトの再生を担当する事になったのが私、ヤファスベートだったというわけです。聖女はその壊れかけたミデオロジフトを復興させる為に私が生み出したシステム。人間の中からマシな魂を持つものを見つけ出し、その者たちに似合った属性の力を授け聖女とするのです」
「谷の瘴気が濃かったのは何故ですか?聖女の怨念という話でしたが」
「本来、巫女の力は十五歳になるまでは蓄えられる一方ですが、十五歳になってからは排出する量の方が多くなるのです。そうして、大人になるにつれてどんどんと蓄えられた聖女の力は少なくなっていきます。ただ、1度に放出できる量は変わらないので、大人になると使える聖女の力の量が変わる事はありません。老婆になれば流石に枯れて力を殆ど使えなくなりますが。五十歳くらいまでは聖女の力の衰えを実感する事はないでしょうね。ところが、闇の聖女は十五になると同時に生贄にされてしまいます。最大限聖女の力が蓄えられた状態で殺されるのです。そうすると、女神の力は死後数年は残ります。さらに良くないのは十五歳になり、聖女の力を抑えていた蓋が開いた状態になってから生贄にしていた事です。そうする事で常に周辺の瘴気を引き込み続けてしまうのです」
「闇の聖女だけを生まれなくすることは出来なかったのですか?」
「何度も、何度も何度も何度も何度も上に掛け合いました。その度に過度な干渉は認められない。それが他の神の生み出した星ならば尚更だ。システムを更新したいのなら千年待ちなさい。という返事が来るばかり。その千年の間にどれだけ私の可愛い聖女達が殺されてきた事か!しかし、それもロネで最後です。やっとシステムの変更が認められました。これからは新たな闇の聖女が生まれる事はありません」
「それは、何よりです」
「少し感情的になり過ぎましたね、お見苦しい物をお見せしました。さて、これからのロネの事ですが、ロネには元々私が担当していた世界に転生する事が許可されています。再生中のミデオロジフトなどとは比べ物にならないほど、魂も自然も世界も美しいところです。ロネの魂ならば十分にそちらの世界に転生する値します。もう心の汚い両親にいたぶられる事も、髪と瞳が黒いという理由だけで迫害される事もありません」
「……私の両親の心は汚くなどありません」
「ロネ?」
「私の両親の心は汚く等ありません!!私の髪が黒い所為で、私の瞳が黒い所為で、私の所為でどれだけ両親が苦労して来たと思っているのですか!!心が疲弊して、壊れて、それでその原因に辛く当たる事は、そんなにイケない事なのですか!?私の首を絞める母の顔を見たことがあるんですか!?いつも私より辛そうで、最後は泣き崩れながらその手を緩めるんですよ!!優しかった父が、母の不貞を疑いたくは無いと苦しみながら、それでも優しく私を抱きしめてくれていた父が、いつしか怒り以外の感情をなくして私の頬を払うようになるまで変わってしまう程の苦しみが貴方に分かるのですか!?」
「しかし、どれもロネを苦しめて良い理由にはなりません。ロネの髪色はロネの所為では無いし、ロネの瞳の色はロネの望んだ物では無いのですから。それでロネを責めるのはあまりに理不尽で身勝手です」
「だったら!だったら、私の父と母は、どうすれば良かったのですか?!私と心中すれば良かったのですか?私はそんな事は望みません、私の事など忘れて、父と母が幸せになってくれる事が私の望みです」
「ロネの記憶にある両親の最後は、国がロネを大金で引き取ってくれると泣いて喜んでいる姿でしょう?自分だけが不幸になって、娘を金で売るような両親だけが幸せになる。それが貴方の望みだと言うのですか?」
「そうです。私の所為で苦労を掛けてしまった両親に、私にも出来ることがあったのなら、この上ない喜びです」
「ふふ、やはりロネの魂は彼方の世界に相応しい様ですね。今度は裕福な家庭で愛情をたっぷりと注いで貰えるよう手配いたしましょう」
「お断りいたします!」
「……今、なんと?」
ロネは両目一杯に溜めた涙を腕で拭って、ヤファスベートを睨みつけた。
「私は、貴方の様な心の汚い女神が作った世界になんか転生したくありません!!」
罵倒されても、ヤファスベートは表情を崩さない。優しい笑顔をロネに向けている。
「一時に感情に流されてはいけません。優しい両親に愛情を注がれ大切に育てられれば、自分が如何に不遇な立場だったのかを理解出来ます」
「どんな両親だって関係無い、確約された愛情なんて嘘っぱちだ!!」
「可哀そうに……かなり根強く洗脳せれてしまっているのですね」
「優しさを押し付けるな!!」
「ふぅ……わかりました。ロネ、貴方の気持ちを尊重します。彼方の世界への転生は取り止めと致します」
「……」
「その場合、ロネの魂はまたミデオロジフトに新しく生まれる事になりますが、幾つか制限があります。まず1つ、人間には生まれ変われないという事。どんな生命に転生したいかの希望は受け付けます。もう1つはどんな生命に転生するにしても必ず雌にとして生まれます。もう1つはどの様な一生を送る事になろうとも私は関与出来ないという事です。では、どんな生命に転生したいか、要望はありますか?」
「……魔族が良いです」
「それはまた……理由を聞かせて頂いても?」
「ただの興味本位です。私は長年魔族の子と蔑まれてきました。少し本物の魔族という物がどんなものなのか、気になっていたのです。もし見る機会があれば見てみたいと」
「なるほど分かりました。では、ロネの転生先は魔族の女性です。最後にもう一度だけお聞きします。本当にミデオロジフトに転生させて、宜しいのですね?」
「はい」
「嫌われてしまいましたね。でも忘れないで、ロネ。私は貴方を愛しているわ」
「恐縮です」
「ふふ、それでは転生させますね。どうか貴方の第二の人生、いえ魔生が幸せでありますように」
「……恐縮です」
ロネの足元から強い光が放たれる。
それはどこか、ルーシェアとラルラララが使っていた聖女の奇跡の力、聖結界と似ている様に思えた。
長い時間にも一瞬にも思える時間光に包まれていたロネは、やがて光に包まれてその姿を消した。
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