第8話

 チュートリアルではスライム以外を召喚できません。


 今の俺にはポイントが唸る程ある。現段階で8割程の魔物が選べた。

全部選べない事に驚いたが、今は置いておく。


 大本命のサキュバスか、それともナビ的な事を期待して妖精さんか、俺の身の周りのお世話をしてくれそうなシルキーなんてどうだろうか、いや、それよりも……いやいや、いっその事……なんて、ウキウキしながらリストを見ていた。


 それはもうウキウキしたよ。

クリスマス前のおもちゃ屋さんのチラシを見てた時くらいウキウキしたさ。


 画面には古き良きファンタジーのスライムが表示されている。

でろーんとした本来の強い方のスライムだ。


 せっかくだ、コイツにも仮称だが名前をつけてやろう。片方を鳥取と呼んで、もう片方をスライム呼びだと本人も面白くないだろう。


 名前は島根。いつか出雲大社に行ってみたいと思っている。


 召喚スタート!

いつもの様に魔法陣が展開し、コアの奴が微妙に明滅。

ぶっとい光の柱が立ち、じわじわと黒い点が形を作る。


「しまった!」


 BGMの設定を忘れていた。

残念な気持ちになってしまったが、無事スライムが顕現する。

あれ?初回召喚って特別演出じゃなかったのかな。


 召喚が終わり、部屋の中央にスライムがいる。鳥取登場を思い出し笑みが浮かぶ。


「よく来てくれたな。俺は宮田。ダンジョンマスターだ。お前の主だぞ。今後ともヨロシク。

お前の事は島根と呼ぶからな。コイツは鳥取、お前の先輩だ。困ったことが有ったらコイツに相談すると良い。」


 鳥取がノソノソと島根に近づく。

さっそく先輩風を吹かすのかな、なんて微笑ましく思っていたが、大変な事に気付いてしまった。


 コイツら全く同じ姿だから区別がつかない!鳥取を島根と呼んでしまうかもしれない。なんてこった、どうしよう……


 どこかに違いがあるはずだと、必死に間違い探しをしていると、鳥取?が島根?に接近し、襲い掛かった!


 今まで見た事の無いアグレッシブさで、大きく伸びたかと思ったら、ガバッと島根に上から覆いかぶさる。


「うぉい!鳥取!そいつは敵じゃない、味方だ!敵じゃないってば、島根だぞ!お友達じゃないのか!?」


 島根も下から激しく突き上げて反撃している様だが、段々とその力が弱くなり抵抗がなくなる。


 鳥取……何て事を……最近、岩しか食わせて無かったから、違うものが食いたかったのか……


 勝利した鳥取は得意気に俺の方を見ている。俺も喰う気なのか?

なんか少しデカくなってるし……


「と……鳥島って呼んだ方が良い?あ、鳥取ね。

なんで島根を食ったんだよ、折角来てくれたのに可哀そうに……は?お前の中で生きている?

それは、良い思い出的な奴じゃなくて?

うーん、それでもさぁ、味方を食うってのは……え?そうなの?強くなる為か……」


 まぁコイツなりに考えての行動だったようなので、島根には悪いが不問としようか。


 操作パネルを見る。

クリアと表示され、プレゼントが送られてくる。


 暗黒はまだ頑張っている様で、通知は1200件を超えていた。

ざっと見た感じ同じような内容だった。

またダンマスが餌食になっている……


 ダンジョンマスター・タイムウォーカー零を倒しました。

彼の全保有ポイント 2835pを奪いました。


 タイムウォーカー!ステキな二つ名だ!時間移動とか出来たのだろうか?死んだみたいだけど……あれ?‘’倒した‘’になってるな。他の奴らは‘’殺した‘’になってるのに。


 ダンマスは別枠なのか、タイムウォーカーがダンジョンを放棄して逃げたってことかもしれない。

前回の魔王くんはどうだったんだろう。

読んだ通知はゴミ箱に入れた後、即消去してしまったので、業者に金を払わらないと復元できそうにない。


 うーんと唸りながらチュートリアル その3クリア報酬、5pをゲットする。

チュートリアル オールクリアと再び表示され、因縁のランダム召喚チケットが送られてきた。


 またとんでもない奴が出てきても良いように、前回の反省を踏まえて鳥取とコアの奴から離れない様にしよう。


「鳥取、合体だ。背中に……ん?ペットボトルが食いたい?あぁ、そういや水が1本あったな」


 部屋の隅で放置されていたコンビニ袋を持ち上げる。

なんか、色々入っているな。水と……飲み終えた牛乳の小さいパック。ストローの先に口紅が付着している。それから特濃バームクーヘンの雑に開かれた、空になったパッケージ。

コンビニ袋ごと、全て鳥取に処分してもらった。


 バームクーヘンに牛乳を合わせるセンスは、分かっているなと褒めてやりたい。

が、不愉快だ。

水も飲む気が無くなったので、未開封だが鳥取にあげる事にした。


 ムニッと鳥取にペットボトルを横向きに乗せる。


「おう、良いぜ。水分も取らないと熱中症になるからな」


 ブルブルと震えた鳥取がペットボトルを吸収していく様をぼんやり見る。


「なんか嬉しそうだなお前。え?そんなに美味いの?ペットボトルが?マジで?ちょっと俺にもくれ……あ、いや冗談だ冗談。全部食って良いってば。鳥取は良い子だねぇ」


 優しい鳥取のお蔭で、ささくれ立った心が癒された。鳥取を背負い、コアの側に立つ。

前回の様に跳ね飛ばされるとしたら、コアの奴を上手い事キャッチできるだろうか……

現在コアの奴は空中で固定されていて、確保ができない。


 コアを掴んだ状態で召喚しても良いのだが……手持ちのアイテムはコア運搬用のコンビニ袋しかない。

袋を上からコアの奴に被せて持ち手を握る。これなら袋を手放さない限り大丈夫だろう。


「アハハ、見ろよ鳥取、コアの奴、なんか間接照明みたいになったぞ」


 袋を透過する淡い光が実にムーディーな雰囲気を醸し出している。

そんな素敵空間で召喚チケットを取り出す。


 光の繭が作られチケットが現れて、破れて消える。魔法陣が展開され、グルグル回転しながら光る。

光の柱が立ち、中から黒い点が現れる。姿がハッキリしていくと白い紐の様な形になった。それがどんどん大きくなる。


「ヤバイ!また凄そうな奴が!」


 コンビニ袋をしっかりと握り、衝撃に備える。

白い紐は日本一の注連縄をあっさりと超える大きさになり、壁や天井をぶち壊しながら更にデカくなり――――


『神滅龍が召喚されます。周囲の状況にご注意ください』


 操作パネルから感情の起伏が全くない機械音声での警告が響く。

俺はコアの奴が入ったコンビニ袋を胸に引き寄せ、小さく丸くなって身を守る。


 神滅龍は天を駆け登り、遥か彼方へ飛んで行った。


 またヤバイ奴を野に解き放ってしまった。おまけにダンジョンもまた崩壊してしまった。

今回は跳ね飛ばされる事無く、背中に瓦礫が当たる衝撃は有ったが、鳥取が守ってくれたお蔭で痛い思いはしなかった。コアの奴も無事だ。


「鳥取、助かったよ。ありがとう、全然痛くなかった。お前は大丈夫か?」


 土煙の中、立ち上がって神滅龍が飛んで行った空を見上げる。

どす黒い雲にぽっかりと大きな穴が開き青空が覗いている、神滅の奴が通った後の様だ。


 近所の湖のほとりまでトボトボ歩き、地べたに座り込む。


「長閑で良い景色だなぁ。あ、魚が跳ねた!魚居るじゃん!鳥取、魚釣ろうぜ」


 途方に暮れながら水面を眺めつつ現実から逃避していると、ドクンと空間自体が揺れた。

丁度正面、湖の上の空間が崩れ始める。バラバラと崩れ落ちた欠片が小さな立方体の塵となり消えていく。


 やがて、空間が真っ白な長方形に切り取られた。まるで映画館の巨大スクリーンの様だ。


 俺の日頃の行い、実は悪かったのか……と、少し高い位置にあるスクリーンを、しょんぼりしながら見上げていると凄い別嬪さんが現れた。


 一目でわかった。この美女は人じゃない、神だ。その女神さまが、怒りに満ち溢れた目で俺を睨んでいる。


 美しい唇が開かれ、鈴の音の様な声が紡がれる。


「あなたが、ダンジョンマスター山田ね。よくも――――」


「あ、いや、宮田です。宮田義男」


 お言葉を遮るのは不敬だと思ったが我慢できなかった。

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