四畳半のダンジョンマスター

どんぐり

第1話

 ん……あれ?俺寝てた?


 寝転んだまま、目をしばしばさせていると焦点が合い、ゴツゴツとした岩肌が視界に入る。


「あれ?外?」


 慌てて身体を起こし、周囲を見回す。

薄暗い、十畳程度の部屋だった。壁に光源が一カ所有るだけで、周囲は全て岩壁に囲まれている。困ったことに出口がない。


 立ち上がり混乱しながらも、部屋の隅々まで歩き回って何度も壁や床を確認するが出口らしきものはなく……言うまでもなく、この俺、宮田義男(42)は謎の場所に閉じ込められていた。


 心臓の鼓動が痛いほど激しくなる。ねっとりとした嫌な汗が吹き出し、呼吸が乱れ手足も震えている。


 とりあえず、落ち着け俺。


 意識して鼻から大きく息を吸い、ゆっくりと口から吐き出す。

何度も何度も深呼吸をしたおかげで、手はまだ少し震えているが鼓動は治まってきた。


 「あっ!スマホ!」


 落ち着いて、頭も回り始めたのか外部に連絡を取るという事に思い至ったのだが……


 「あぁ?何コレ」


 全く見覚えのないジャージを着ている事に今更気が付いた。

しかも緑地で側面にぶっといラインの入った、いわゆる芋ジャージを華麗に着こなしている。

上着には左胸にご丁寧にも‘’宮田‘’と刺繍までされている。


 「何コレ……凄く気持ち悪い……」


 もう全く訳が分らなかった。ここが何処なのか、何故自分がここに居るのか、マイネームが明朝体で刺繍された謎のジャージ。

上下のポッケには糸くずすら入ってなく、持ち物は何もない。


 部屋も全面岩壁で囲まれてゴツゴツとしているが、小石すら落ちていない。

現在裸足の俺には優しい環境ではあるが、穴を掘ったり壁を壊すといった事もできそうになかった。


 そして嫌な事に気が付く。

密閉されたこの空間、空気は?


 ここに閉じ込められてから、目が覚めるまでどれくらいの時間が経ったのか……今のところ息苦しさを無いからへっちゃらさ!とは思えなかった。


 「あぁ……ほんとにどうすりゃいいんだ……」


 心細くなった俺は思わず口から嘆きの言葉がこぼれ落ちた。

が、そこであっと気が付く。

何もないこの部屋に一つだけ、文字通り異彩を放っている光源に。


 いつの間にかがっくりと座り込んでいた俺は、藁にもすがる思いで立ち上がり光源に近づく。


「うおっ!何コレ!浮いてんのかい!」


 ピンポン玉程度の謎の物体が、部屋をうっすらと照らしながら宙に浮いている。

近くで見た感じ光る石の様な材質で、何故浮かんでいるのか全く理解できない。

当然上から糸で吊るされてもいない。手品ならおひねりを投げてもいい。

先程まで壁に埋め込まれているか、普通に取り付けてあるのだろうと勝手に思っていたが、本当に浮いている。


 しばしアホの子の様に口を開けたまま呆然と見ていたが、もっとよく調べる為にも手に取ってみる事にした。

異星人と交流するかの様に、おそるおそる人差し指を近づけて、ぴとりと触れた瞬間――――


 パン!パン!と間を置かず2度クラッカーの破裂音が鳴り響くと同時に、ぱんぱかぱーんと、間抜けなファンファーレが鳴り響いた。


 驚いた。死ぬほど驚いた。驚いて腰から力が抜け、尻もちをつき、その痛みに気が付かない程驚いた。

折角落ち着いていた心臓も再び激しくドキドキしている。


 目の前に空中ディスプレイさながら不思議な画面がいつの間にか投影されており、意味は分かるが訳が分らない文章が記されていた。


 目指せ!最悪のダンジョンマスター!


 おめでとう宮田。あなたはダンジョンマスターに成り下がりました。

ダンジョンマスターとなった宮田の使命は、ズバリ!この世のヒト種族を根絶し、世界の全てをダンジョンに取り込む事です。

え?子供や老人をぶち殺すのは気が進まない?悪人やイケメン、金持ちくらいならいいかも?

甘い!既に人間ではない宮田は全ヒト種族の敵。

あの腐れ外道共は目が合っただけであなたの息の根を止めようとしてきます。


 ヒト種と共存を目指したダンジョンマスター。豪快に稼いだポイントで成金の様な生活をしようとしたダンジョンマスター。女性だけを生かし、ハーレムを構築しようとしたダンジョンマスター。世俗を断ちスローライフを送ろうとしたダンジョンマスター。

この世には色んなダンジョンマスターが居ます。居ました。


 しかし、ほぼ全てのダンマスがそれはもう、目を覆いたくなる様な無残な死に方をしています。

赤子だろうと油断してはいけません。お前が隙をみせたら喉笛を噛み千切るくらいは平気でしてくるぞ。

死に掛けの年寄りですらあなたに抱き着き、笑って自爆したりします。

マジだぞ。俺は泣いていた女の子に声をかけたら目を抉られたからな。


 個人でも恐ろしいのに、奴等群れるんだ。パーティ組んでやってくる。時には軍隊やら騎士団がやってくる。

更に勇者とかいう神々に祝福を受けた、アホみたいに強い卑怯者も居る。それも沢山。他にも聖女とか賢者とか大魔導士とか偉そうな肩書の奴がうじゃうじゃとな。


 そんな恐ろしいヒト種族達と戦えるのか?そう思いましたね?山田は今、捨てられた子犬の様にブルブル震えているでしょう。

でも大丈夫です。山田の為に我々ダンジョンマスター保護の会が、アホなお前でも立派なダンマスになれるよう、アホでも解るようにチュートリアルを作ってあげました。


 クエストをクリアする毎に豪華景品や大量ポイントがゲットできますよ。

全ての試練を乗り越えた山田は、強くなった自分に酔いしれ、我々に感謝のポイントを毎月支払いたくなるでしょう。


 さぁ、さっさと始めましょう。どうせ他にする事もないのです。


 チュートリアルを始めます。

   はい   いいえ



 はぁ……


 突っ込みどころが多すぎて溜め息しか出ない。

既に人間じゃないという衝撃のカミングアウトから始まり、人類の敵、書いたやつの魂の叫び、胡散臭い保護の会とやら、俺の名前を途中から間違う雑っぷり、そして、明らかに地球ではない事を匂わせる勇者やら聖女やら……挙げたらキリがない。


 でも……やるしかないのだろうなぁ……


 俺は遺憾ながらチュートリアルを始める為、渋々と‘’はい‘’のボタンを嫌々押した。


 

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