第1話 風の訪れ

晩秋、日本列島はひんやりとした空気に包まれ、季節は冬に向かって静かに歩を進めていた。そんな中、誰もが予想だにしなかった異常事態が発生する。まさにその時、抜刀電気の店主・抜刀太郎は、長年の経験を駆使しながら次の年の家電商戦を考えていた。


「今度はエアコンの時代だな…扇風機はもう過去の遺物だ」


そう呟きながら、太郎は倉庫に向かった。古い扇風機を処分するか、安売りのチラシでも出すか考えていた矢先だった。突然、倉庫の奥から「ゴオォォォ!」という異常な音が響いた。慌てて倉庫の扉を開けると、そこで目にした光景は信じられないものだった。


コンセントに繋がっていないはずの数十台の扇風機が、一斉に回り始めていたのだ。まるで何かに命令されたかのように、プロペラは一斉に風を吹き始め、倉庫中に強烈な風を送り込んでいた。


「な、なんだこれは!」


太郎は目を見開き、しばし呆然と立ち尽くした。風に吹き飛ばされた段ボール箱や雑貨が、倉庫の中を舞い上がる。扇風機の前に立っていた若手の店員、ケンジは声を上げて叫んだ。


「社長!どうやって止めればいいんですか!?コンセントなんて刺さってないですよ!」


「そんなもん、俺が聞きたいわ!」


太郎は扇風機に近づき、手で羽を止めようと試みたが、羽は止まるどころかさらに勢いを増して回り続けた。風の勢いに足を取られ、ケンジはその場で転倒。扇風機が吹き飛ばしたチラシや紙片が舞い上がり、倉庫内はまるで嵐のような騒ぎとなった。


「これは…呪いか?それとも幽霊の仕業か?」


そう言って苦笑いを浮かべる太郎。しかし、店の外からはすでに騒ぎを聞きつけた町の住人たちが集まり始めていた。扇風機が勝手に動き出したという噂は瞬く間に広がり、SNSでも「#扇風機の乱」というハッシュタグがトレンド入りするほどの話題となった。


「抜刀電気の扇風機、暴走してるらしいぞ!」「幽霊かも」「怨念が宿ってるに違いない」など、様々な憶測が飛び交う中、町中の家庭や学校、病院でも同じような現象が発生し始めた。倉庫の奥で眠っていた扇風機が次々に目覚め、どこでも風を吹き荒らし始めたのだ。


被害こそ大きくはないものの、日常の中に突如として現れた異常事態に、町全体がざわめきと興奮に包まれた。町の住人たちは、家電の呪いか、はたまた何か大きな力が働いているのではないかと、不安と期待の入り混じった表情を浮かべていた。


そんな中、太郎は一つの結論に至った。


「こりゃあ、ただ事じゃない。もしかしたら、俺たちは忘れてはいけないものを忘れてしまったのかもしれない…」


扇風機の暴走は、一体何を伝えようとしているのか。その謎を解くために、太郎はある決意を胸に抱いたのだった。続く大混乱の予感を感じながら――。

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